No.019 特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

No.020

特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

Expert Interviewエキスパートインタビュー

楠木 建氏

── 「良し悪し」と「好き嫌い」、それと競争戦略との関係について、もう少しかみ砕いて教えてください。

まず言葉の意味合いをはっきりさせておきましょう。私は、「良し悪し」で判断できないものを「好き嫌い」と表現しています。「良し悪し」とは、その判断基準に何らかの普遍性があるものです。一方で普遍性のない、その人に固有の価値基準が「好き嫌い」です。競争戦略とは、競争相手とディファレントな存在を目指すものです。良し悪しという同じ判断基準の土俵で勝負していたのでは、ディファレントになどなりようがない。そう考えると、論理的かつ必然的に好き嫌いが問われるのだと理解できるのではないでしょうか。

競争戦略とは、本来的に好き嫌いを問うものなのです。良し悪しでしかものごとを考えられない人、つまり既存のモノさしを基準としなければ考えられない人に、戦略は立てられません。それでは、ほかよりも「ベター」になることしかできないからです。

── 「好き嫌い」を問い詰めるとイノベーションにつながるのですね。

イノベーションとは進歩、つまりプログレスではないものを意味します。良し悪しの延長線上にイノベーションはありません。携帯電話の電池を例に挙げるなら、1回充電すると電池の持ちがどんどん良くなるのが進歩です。画期的な電池ができて、1回充電すれば半年間充電する必要がなくなったとしましょう。これは「すごい進歩」だけれど、イノベーションではありません。

要は「連続か非連続か」が問われるのです。仮に半年間充電する必要のない電池が、1年間充電する必要がなくなったとしても、それは連続的な現象でしかない。イノベーションとは非連続な変化を意味します。

── だから良し悪しではなく好き嫌いを問い詰める必要がある、ということでしょうか?

良し悪しから離れて、好き嫌いの世界に住んでいる人にしかイノベーションは起こせないと思います。人間は「良し悪し族」と「好き嫌い族」に分けられると私は考えています。良し悪し族は、世の中は良し悪し基準で動いたほうが、みんなが幸せになるだろうと考える。一方の好き嫌い族は、良し悪しで判断するのは最小限にとどめて好き嫌いを基準としてやっていきたい。

昨今気になるのは、良し悪し族が幅を利かせ過ぎているのではないかと。SNSのようなものがあると、人が簡単につながってしまいます。つながると人は他人と比べた良し悪しを気にしてしまう。本来なら好き嫌いで決めればいいのに、無理やり良し悪しで判断するのは良くない傾向だと思いますね。

AIは「ふりかけ」として活用しよう

── 最近はAIがブームで、AIに対して万能感を抱いている人も多く見かけます。AIは競争戦略にどのように活用できるのでしょうか?

AIは基盤的な技術であり、ものごとを効率化するうえで大きな力を持っていますから、今後の社会に強い影響を与えることは間違いないでしょう。しかし、そこでは考えるべき論点が2つあります。

まず論点1として、AIは非常に重要な技術であるがゆえ、すぐに非競争領域化すると思います。たとえば25年前のインターネットが、今のAIだと考えればわかりやすいのではないでしょうか。かつてはインターネットを使っていると言えば、それだけで「すごい」となったわけです。ところが、今や誰もが当たり前に使っています。

なぜならインターネットが非常に基盤的な技術だったため、ありとあらゆるものに関わるようになり、コストもどんどん下がっていきました。そうして「非競争領域」になる。競争戦略の立場から言えば、非競争領域で勝負してもディファレントにはなれないので、そんなところで勝負するのは論外です。AIはインターネットよりもっと短期間で“当たり前”のツールとなるでしょう。従って、競争戦略をAIに頼るのも論外という話になります。

── AIについての論点2 とは何でしょうか?

AIを考える前に「I(知能)」とは何かを考えるべきだということです。知能とは「好き嫌い」に代表される意思表示を行うものです。では、AIが意思表示できるのか、あるいはAIに好き嫌いはあるのでしょうか。

AIは、好き嫌いといった意思を持てません。従って、AIが戦略を自動的に構想することもありえません。AIは過去の延長線上、つまり過去のデータに基づいてしかものごとを判断できない。それは進歩、つまり良し悪しの世界の話です。

だからAIがイノベーションを起こすことも考えられない。仮に、これまでのファッションのデータをインプットして、AIに新たな競争戦略を求めたらどうなるでしょう。いかにもできの悪い、それこそファストファッションの亜流のようなものしか出てこないでしょう。ユニクロの柳井さんが考え出した「ライフウェア」などという斬新なコンセプトは、絶対にAIからは出てこないはずです。

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