No.019 特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

No.020

特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

Expert Interviewエキスパートインタビュー

── バーチャル医療チームに関わっている専門家というのは、“生の人間”ですか。人間の場合、彼らは報酬を受けているのでしょうか。

いわゆる“生の人間”で、マウント・サイナイ病院*7やマーシー病院*8など世界の名だたる医療機関で働いている医師や専門家、看護師らです。ほとんどは善意から無償で参加してくれていますが、問い合わせなどがあまりに多いため、いくばくかの謝礼を支払っているケースも一部あります。

一分野あたりの専門家は一人で、20万人のユーザーが、たとえば放射線科について質問があれば、その人に尋ねるという仕組みです。無償で関わってくれる場合は、信頼を得ることで自分の評判にもつながるという利点もありますが、自分の研究のために役立つという利点もある。というのも、ビロングでは患者のジャーニーをサポートするとともに、そこから出てくるデータに機械学習やAIを適用することで、今までわからなかったことを発見していこうという目的があるからです。

[写真2]アプリ上で腫瘍専門医や専門家とチャットで相談出来る
提供:Belong.life
アプリ上で腫瘍専門医や専門家とチャットで相談出来る

── どのようにAIを利用し、どんな発見をしているのか、ご説明いただけますか?

ビロングでは、多数のがん患者が自分の闘病のジャーニーを共有しています。新聞記事である患者がどんな薬で数年生き延びたという事例を読むこともありますが、ビロングでは何十例、何百例もの出来事が同じタイプのがんの人々の間に起こっているという事実を発見することが可能です。機械学習は、患者のジャーニーを構成する些細なことも分析に加えていき、特定の遺伝子変異や特定の薬品、さまざまな要素の特定の組み合わせなどが存在するのだという、「パターン」を見出すこともできる。ひとつのサンプルではわからなかったことが、多くのサンプルを並べると見えるようになるのです。

── つまり、ビロングのユーザーのデータはがん研究にも役立てられているということですね?

そうです。患者自身のデータがいわゆる「リアルワールド・エビデンス(実世界での証拠やデータ)」となって、複雑な問いへの回答を提供する。すでにいくつもの研究結果が発表されていますが、我々はこの研究を患者の協力のもとに行っているわけです。患者にアンケートを取ったり、中には電話でインタビューに答えてもらったりする場合もあります。研究結果は、患者、医療機関、医薬品会社など、医療産業に関わるステークホルダーに還元するのです。

── どんな研究結果があるのでしょうか。

抗がん剤治療における疲労感についての研究を挙げましょう。疲労感はよく起こる抗がん剤治療の副作用で、患者の生活に大きな影響をおよぼすものでもあります。しかし、それにもかかわらずあまり研究テーマとして取り上げられませんでした。そこで我々は、疲労を計測可能なものにして、それが患者の生活をどう左右しているのかを知ろうと思いました。500人のユーザーが参加したこの調査は、疲労に関してこれまで実施された中でも最大規模のものだったでしょう。

調査では、60%以上の患者が「疲労感によって生活上の不安を感じる」とし、それを解決する手段として、32%が「栄養」をとること、44%が「ビロングでほかの患者と話すこと」を挙げています。一方で、「薬品が役立った」という回答はたった13%に過ぎませんでした。また、「治療前に中程度のエクササイズをすると疲労感がかなり減る」というある患者のアドバイスに従ってほかの患者に検証してもらいましたが、実際にそうであることがわかりました。

上記の調査は行動に関するものですが、医療に関するものもあります。たとえば、腫瘍に対して同じ効果を示すという抗がん剤を比べたケースでは、効果が期待できる一方で、片方の副作用がかなり大きいといったことがわかりました。これは臨床試験では知られていない点でした。こうした研究は、我々が独自で行ったり提携機関と共同で行ったりします。

── 今教えていただいた例は、患者ユーザーが積極的に研究に関わったケースですが、すでにビロングにあるデータをAIやアナリティクスを利用して自動的に分析するということも実践しているのでしょうか。

AIや機械学習は、アンケートのような場合でも使っています。質問が2、3しかないなら人間が処理できますが、質問が50あり、パラメータが100もあり、何千人もの回答者がいるといった大きなデータとなると、人間ではパターンを見出すことができなくなります。いただいたご質問のように、すでにビロングにある匿名化されたレポートやデータを集めて分析し、患者のジャーニーをより深く理解するために使うということは実践しています。ただし個人を対象にすることは決してなく、データは常に「匿名」「集合」として扱っています。

[ 脚注 ]

*7
マウント・サイナイ病院:ニューヨーク地域を中心に8病院を展開する医療機関。7200人以上の医療関係者が勤務する。
*8
マーシー病院:アメリカ中南部州を中心に複数の病院を展開する医療機関。19世紀初頭にアイルランドで修道女らによって建てられた病院を発祥とする。
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