No.019 特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

No.020

特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

Expert Interviewエキスパートインタビュー

発見のエンジンになる

菊池 紳氏

── 「SEND(センド)」は、どのようにして既存の農業のあり方を変えていくサービスなのでしょう?

SEND の大きな特徴は、私たちが東京都内の飲食店における日々の食材の需要量の予測をもとに生産者に発注を行い、農作物を買い取る点にあります。つまり生産者とシェフのニーズのマッチングを行うだけなく、自社で在庫リスクを抱えられるほど正確な予測を実現しているということです。

ベースとなるデータは、SENDの利用者である、約7,000軒におよぶ飲食店のシェフからの注文データです。

まず、食材の用途によって予測を出しています。たとえばスープ用に根菜類がどれくらい使われるか、サラダが出る頻度と量はどれくらいかを予測しています。この予測から、レタス類の需要はどの程度かを予測することも可能です。用途の予測ですから、不作で値上がりが続いている食材に代用され得る食材も予測できます。

また、業態、メニューの構成、席数、およその回転率などの飲食店のデータを組み合わせ、たとえば東京都内のイタリアンレストランではどのような食材に需要があるか、といった予測を出すこともできます。さらに天気や季節のイベントなどの環境データを掛け合わせることで、東京のシェフが今何を求めているかをリアルに予測することもできます。少し前の話になりますが、お花見の季節、近年若者から人気になっている東京の目黒川沿いでは牛が売れますね。

── お花見に牛肉ですか?

目黒川沿いの花見では、訪れる客のほとんどが女性か、デート中のカップルです。露店が出ないので、食事は付近のおしゃれなレストランで――ということになります。こうした場合、メインディッシュで女性がオーダーするのは牛肉、赤身のステーキなどが多いのです。

── どのようにして高い確度の予測を可能にしているのでしょうか?

いわゆるビッグデータ処理を行うことで実現しています。しかし、もっとも重視しているのはいわゆる処理のアルゴリズムだけでなく、データの仕入れ方です。私たちは「心のデータ」と表現していますが、人間、つまり購入者であるシェフの心の中にあるデータを取得する方法を確立しています。

心のデータは、人間にしか仕入れることができません。その仕事をしているのが、シェフのもとに配達に伺うスタッフです。

彼らはただ配達をしているだけではありません。言ってみれば「365日、東京都内のトップシェフのキッチンにノンアポで入っていける営業」なのです。人気レストランを営むシェフは非常に多忙。「こちらのフォームに要望をご記入してください」とお願いしても、記入などしてくれません。食材を配達し、シェフと会うほんのわずかな時間に「こないだのビーツどうでした?」と聞く。たとえばシェフが「最近よく出ますよ。サラダでもグリルでも、ソースにも使えて便利ですよね」と応じたとする。こうした会話から需要の量はもちろん、「ビーツの魅力はあらゆる皿に使える汎用性の高さだ」というデータも取得できます。これが、予測を行ううえでもっとも重要なデータになるのです。

実際に使われた量ではなく、トップシェフの一番近くにいる、ラストワンマイルにいる配達スタッフが入手した情報を予測に活かすことによって、確度を上げているのです。

── 人間が介在することで、いわゆる静的な購買データからは見えてこない、未来の需要を動的に見通せるようになったということですね。

実はプラネット・テーブルのビジネスはデータドリブンで伸びたのではなく、食材との出会いがあるから伸びたのです。

たとえば「みずの実」という野菜があります。正確には「みず」という野菜になるむかごなのですが、茎のところに実がついているという少し変わった見た目をしています。おひたしなどにすると、ムチムチ、ネトネトした独特な食感があり、やみつきになる人が多い食材です。

こうした風変わりな野菜を、私たちは生産者の方からたくさんいただきます。そしてシェフの方々に「こんな面白い野菜があるんですが、試してもらえませんか?」と提供します。実はそこから火がつく「ヒット野菜」が少なくないのです。シェフも評判のメニューができるし、買い手が増えれば生産者も儲かる。食材の出会いが、新しい市場を生み出したのです。

現在は、売れる野菜のパターンをデータ的に解析するという試みも行っています。まだ完全にはデータ化できていませんが、「東京の市場に出ていない野菜」で「汎用性が高い野菜」、そして「ネバネバ系」がヒットするなど、面白い結果を得られています。

データドリブンは業務の効率化や、予測の精度を上げる部分には絶大な効果を発揮しますが、企業の成長を支えるのは驚きや発見の提供です。そうした点から、私たちの使命は食材の「発見のエンジン」になることだと考えています。

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