No.021 特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

No.021

特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

Cross Talkクロストーク

笑いと「お笑い」その微妙な違い

竹之内大輔氏

── 竹之内様は、笑いをどのように捉えておられるのでしょうか。

竹之内 ── いま澤口先生がおっしゃったような笑いのメカニズムなども基礎研究レベルは押さえていますが、僕らが追究しているのは純粋な「笑い」というよりも「お笑い」、いわゆる笑芸なんです。お笑いがどういう言語行為なのか、具体的にどうやって笑いを起こすのかを追究しています。ただこの領域については文献などほとんどないのが実態です。お笑いを実践されている芸人さんは、ご自身の芸を言語化することを野暮とお考えになる方が多いですから。

澤口 ── しかも日本人のお笑いは独特でしょう。欧米では「humor(ユーモア)」でひと括りにされますが、日本の笑いはhumorとは違う。そもそもhumorが必ずしも笑いを伴っているわけでもない。そのhumorについてさえ研究が進んでいなくて文献もないのが現状です。だからこそAIを活用した新しいお笑いを日本で開発できるんじゃないですか。日本発のAIお笑いはかなり期待できますよ、漫才や落語などのお笑い芸も日本にしかないのですから。ところで竹之内さんは、なぜ笑いをテーマに選んだのですか。

竹之内 ── 僕はもともと分析哲学*3や言語哲学*4を研究していました。そうしたバックボーンに基づき、コミュニケーションの観点から現状の対話型AIをみると、クエスチョンに対していかに適切なアンサーを返すかというゲームしかやっていないんですね。ところが、生のコミュニケーションは効率性だけを追求したしたやり取りではなく、むしろズレがあるのが当たり前じゃないですか。だから、ズレを内包したコミュニケーション、つまりお笑いを扱うほうが、より人間の対話に近いAIをつくれると考えたのです。日本語特有のユーモアを含んだコミュニケーションとして、澤口先生がおっしゃった漫才があり、それを最もコンパクトに凝縮したのが大喜利だというのが僕らの出発点なんです。僕らが目指す自然なコミュニケーション、人間的なコミュニケーションをAIを活用してつくるには、どのドメインで戦うのが一番良いか。そう考えた結果、笑いに至ったという次第ですね。

澤口 ── なるほど。では出発点としての笑いであって、ゴールはそこではないわけですか?

竹之内 ── そうですね。クエスチョンに対して最適なアンサーだけを返すようなゲームに参入した時点で、僕らがGoogleに勝てるわけがありません。常にずれ続けるコミュニケーションこそが、僕らが勝負できる領域であり、いずれお笑いから活動を広げていくとしても、ずれている会話を内包したコミュニケーションが対象です。

澤口 ── 笑いもコミュニケーション、最初に説明したソーシャルグルーミングですから、目のつけ所はとてもいいですね。確かにGoogleはすごいと思います。将棋でも世界最強レベルに達しているほどですから。しかもGoogle社は本当に最強のソフトは温存しておいて、少しレベルが下のソフトで人と対戦していると聞きました。それで負けたほうが学習できるからというんです。そんなGoogleに勝つのは簡単ではないけど、竹之内さんには勝ってほしいですね。

竹之内 ── 僕らも言語オリエンテッドなサービスを開発しているので、潜在ユーザー数の多い言語圏のサービス開発は一応考えました。英語圏だったりチャイニーズだったりですね。そこで研究を始めた時点で、笑いの比較言語学をやってみたのです。ジョークなど笑いが起動するまでに必要な文字数を言語ごとに数えて比べてみたのです。

澤口 ── 面白い着想ですね。どんな結果になりましたか。

竹之内 ── いわゆる前フリが日本語の場合、極端に短かったのです。アメリカのスタンダップコメディ*5などは、コメディアンが出てきて話し始めてから笑いが起こるまでの前フリがやたら長い。つまり前フリをしっかり話してお客さんとコンテクストを共有してからじゃないと、ジョークを言っても笑いは起こらないわけです。これに対して日本人はある程度画一的ですから、例えば「学校の先生のいたずらあるある」と言った時点で、既に前フリが共有されている。日本語は前フリが極端に短い言語圏である、というのが僕らの結論です。そこで日本語で笑いを起こすAIを創ることができれば、最も短いセンテンスで文脈を外さない対話型AIを作れるのではないか考えました。長い文脈を扱ったゲームではGoogleに勝てないでしょう。けれども短いセンテンスで、少なくとも文脈を外さず笑いを起こすような領域では、Googleに勝てる可能性があると考えています。

[図2]笑いの比較言語学
提供:株式会社わたしは
笑いの比較言語学

澤口 ── 実にいいところに目をつけましたね。笑いに前フリがあるというのは、確かにそのとおりだと思います。日本人の画一性が笑いに関係しているのもおっしゃるとおりです。さらに笑いの研究成果についても、ウソ笑いと本当の笑いを識別する能力などは、日本人が世界でもトップクラスですよ。こと笑いに関しては、日本人は識別能力が高いんでしょうね。

[ 脚注 ]

*3
分析哲学: 明晰さの追求と徹底的な論述を特徴とする、20世紀に英語圏で主流となった哲学。
*4
言語哲学: 言語の構造・意味・使用法・レトリック等についての哲学と、分析哲学の両方を含む。
*5
スタンダップコメディー: Stand-Up Comedy。アメリカのお笑い芸で一人でステージに立ち、観客に向けてまくし立てるのが基本的なスタイル。
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