No.021 特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

No.021

特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

Cross Talkクロストーク

AIの究極の可能性について

竹之内大輔氏

── 澤口先生の望みは叶えられるのでしょうか。

竹之内 ── もう少し絞り込んで考えさせてください(笑)。かゆいところに手が届き、口説く手間すら不要なロボットなら、計算資源さえ潤沢にあればできるのではないでしょうか。少し話は変わりますが、既に僕らが実現しているモデルでは、ある女優さんの外見を使いながら、発話する内容はまったく別の女優さんが言いそうな内容を語らせるぐらいの芸当はできるんです。このモデルを使って手塚漫画の『ブラック・ジャック*4』で実験したことがあります。実際にブラック・ジャックの声優さんの音声モデルを使って、ブラック・ジャックに「来週、保険証もってきてね」と言わせたんです。

澤口 ── あはははは。それはおもしろい、受けますね。

竹之内 ── 澤口先生が笑ってくださった(笑)。ブラック・ジャックは高額請求するんだから、保険証をもってこいなんて絶対に言わないでしょう。そのギャップが笑いを生むんです。AIを使えば、別々の人の声と外見を合体させたり再構成して、今まで世の中に存在しなかった文脈をつくり出すことができる。保険証をもってこいなどと言うブラック・ジャックは、これまで存在しなかった人格ですね。言語の意味データと音声データをうまく使えば、今までありえなかった文脈を再現できると考えています。この考え方を『大喜利AI』に応用したのが「写真で一言」という大喜利の一つのジャンルで、例えば「ツタンカーメン」の写真をAIに見せるわけです。僕らは「津軽のイケメン」みたいなコメントを返す。僕らのAIだからこそできる芸当だと思います。

"The golden death mask of the Tutankhamun at The Egyptian Museum in Cairo." by MykReeve is licensed Creative Commons under the CC BY-SA 3.0 license.
大喜利AI

澤口 ── それこそが笑いですよね。いわゆるミスマッチ、ブラック・ジャックがそんなこと言うはずがないとみんなが思っていることをしゃべる。そこで認知的なミスマッチが起こる。竹之内さんのお話を聞いていてわかったのですが、我々が普段目にするAIというのは要するにGoogle系ばかりなんですよ。ところが今日、竹之内さんにそうじゃないAIがあることを教わって、とても面白い体験をしました。ブラック・ジャックが「保険証をもってこい」という話は論文にはならないでしょうが、それこそが笑いの本質ですね。

竹之内 ── めったに笑ってくださらない先生を笑わせたんだから、我々のAIには感情を動かす力がありそうですね。

澤口 ── ありますよ、たしかに。しかもGoogleとは違う方向性で勝負する竹之内さんのやり方は、とても良い戦略だ。

── 今後のAIの可能性については、どのようにお考えでしょうか。

竹之内 ── 例えば僕がLINEのサービスで我々のチャットボットと対話していると、いつの間にか僕の笑いのツボが外部データとして取り出せますよね。データ化できるということは、複製可能で他の人と交換も可能です。あるいは千原ジュニアさんとみちょぱさんのデータを足し算したら、決して高度な笑いではないかもしれないけれど、渋谷を歩いてる女子高生を笑わせる可能性はとても高いでしょう。このようにAIを使うと、本来なら人間の身体から切り離せないと思いこんでいたものが取り外せるようになるのです。AIを介して、ユーザーが色々なコンテンツを自在に組み合わせて作れる、そんな世界を僕らはつくりたいのです。それはGoogleのように情報がきれいに整理整頓された世界ではなく、コンテンツが混沌として存在する世界です。けれどもここなら僕らにも勝てる可能性があると思っています。

澤口 ── 私はAIにどんどん進化してもらって、面倒くさいことはもう全部やってほしい。開高健は「一時間、幸せになりたかったら酒をのみなさい。三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい」と言ってました。まあ、釣りをして後は論文を書いていれば、私は幸せなので。それにしても今日の竹之内さんのお話、Googleとは異なる方向性で、あえて冗長性に挑戦するというのは面白かった。

竹之内 ── 澤口先生に最後に一つ教えてほしいのですが、先生はサイエンティストをどのように定義されているのでしょうか。

澤口 ── 好奇心ですよ。僕は好奇心で動いているだけです。逆にいえば、好奇心のない研究者はありえないでしょう。好奇心があるから研究するのであって、その成果がたまたま世の中の役に立つなら、それでいい。

竹之内 ── よくわかりました。いまGoogle的アプローチでAIの論文が量産されています。でも、その手の論文は効率性に偏り過ぎているために問題を矮小化(わいしょうか)しがちです。僕はそういうのには興味がない。澤口先生の言葉は「お前の研究に好奇心はあるのか」と問いただされているようで、改めて身が引き締まる思いがしました。

澤口 ── 好奇心なくして研究者でいることは不可能ですよね。最後に一つだけ付け加えておくなら、AIに好奇心はないし、今後もAI自身が好奇心を持つことはないと思いますよ。これはAIと人間の関係性を考える上で決定的に重要なポイントじゃないでしょうか。

対談を終えて

[ 脚注 ]

*4
ブラック・ジャック: 無免許ではあるものの、唯一無二の神業ともいえる手術テクニックにより難手術を簡単にこなしてしまう、天才外科医ブラック・ジャックを主人公とする手塚治虫原作の漫画。無免許であるため医療保険に基づいた治療費の請求ではなく、法外な金額の治療費を請求するにもかかわらず、その確かな腕を求めて手術を依頼する患者が後をたたない。
株式会社わたしは 株式会社わたしは

Profile

澤口俊之氏

澤口 俊之(さわぐち としゆき)

人間性脳科学研究所所長、武蔵野学院大学教授

脳科学者。北海道大学理学部生物学科卒業、京都大学大学院理学研究科動物学専攻博士課程修了。

1999年北海道大学大学院医学研究科教授(脳科学専攻・神経機能学講座・機能分子学分野)、2006年に同大学を退職して株式会社人間性脳科学研究所を設立し所長就任。

人間の営みを脳や神経の働きからやさしく語るスキルに定評があり、フジテレビの『ホンマでっか!?TV』の人気出演者としても有名。「笑い」に関する著作『人はなぜ笑うのか』もある。

竹之内大輔氏

竹之内 大輔(たけのうち だいすけ)

株式会社わたしは CEO

1981年生まれ、群馬県出身。株式会社わたしは代表取締役。 大手コンサルティングファーム勤務後、東京工業大学大学院博士課程で数理社会学・内部観測論を研究(博士後期課程単位取得満期退学)。WEBマーケティング会社勤務を経て、2016年4月に大喜利する人工知能「大喜利AI」の開発だけに特化した「株式会社わたしは」を創業。

Writer

竹林 篤実(たけばやし あつみ)

1960年生まれ。ライター(理系・医系・マーケティング系)。
京都大学文学部哲学科卒業後、広告代理店にてプランナーを務めた後に独立。以降、BtoBに特化したマーケティングプランナー、インタビュワーとしてキャリアを重ねる。2011年、理系ライターズ「チーム・パスカル」結成、代表を務める。BtoB企業オウンドメディアのコンテンツライティングを多く手がける。

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