No.021 特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

No.021

特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

Expert Interviewエキスパートインタビュー

生活習慣の改善や中毒の克服への応用にも可能性

清水 あやこ氏

── 精神的疾患の治療や心のケアといった分野で、デジタル技術のような新しい手法が効果を上げていることに、新たな時代の到来を感じます。人の心や考え方に関わる対処が困難な問題、例えば生活習慣の改善、もっと進んでアルコールや薬物中毒の治療などにゲームを利用できる可能性はあるのでしょうか。

幅広い用途に応用できる可能性があると思います。しかし、薬物の依存症や中毒は、個人の気持ちの持ちようだけではどうにもならない、化学物質の作用によるものがあるので、ゲームだけで対処するのは難しいかもしれません。

ただし、克服を支援するためにゲームを使えるかもしれません。たとえば、アルコールに手を出しそうになった時にアラートを出すといった機能を持つアプリなどがあれば、克服に向けて役立つことでしょう。しかし、アルコールに依存している人からすると、アラートは耳障りにしか感じないでしょう。そこで、日常的にプレイしているゲームのストーリーの中で、アラートに耳を傾けたくなるようなアドバイスを、好きなキャラクターから伝えられれば、アラートの活用効果が向上するように思います。

── 禁煙をするときなど、家族の励ましがあれば成功率が高くなるように思えます。耳障りなことに耳を傾け、辛いことに挑むことの大切さに気づきを与えるため、ゲームのような魅力的なコンテンツで支援していくことは有効に感じます。

タバコの箱の裏に、「健康に影響を及ぼす可能性があります」と注意書きが記されていても、多くの場合、喫煙者にはまったく響きません。励ましや注意をするにしても、言っている人が誰かで効果が大きく変わるのです。大切に感じている人、大好きな人、尊敬している人の言葉は響きます。ゲーム内の世界で、登場するキャラクターと長時間にわたって同じ経験をして、共感している状況では、こうしたメッセージを届けやすくなっていると思います。

ゲームは感受性を高める、だから制作者には大きな責任がある

── なるほど、ゲームをプレイしている最中の人は、感受性の高い素直な状態になるのですね。ゲームに限らずエンターテインメント全般に言えることかもしれませんが、クリエイターやパフォーマー、タレントなど表現者や制作者は、作るものがSPARXのような心のケアを目的にしたものではなくても、ストーリーの中に正しいメッセージを盛り込む大きな責任がありそうですね。

その通りです。悪用すれば、マインドコントロールのようなことも簡単にできてしまうので、コンテンツの作り手は倫理的な観点から、すごく気をつける必要があります。作り手の独りよがりな信念や理想を押し付けないようにするということが大切です。

── 人の心を純真な状態に変えるエンターテインメントは、毒にも薬にもなることをハッキリと認識しておく必要がありそうです。そこにデジタル技術が加わると、その効果が劇的に増大されるということですね。

最近、ゲーム依存が精神疾患*3として認定されました。利用法を間違えれば疾患の原因にもなり得るし、SPARXのように上手に利用すれば効果的な薬になります。ヒカリラボは、エンジニアを抱えていない、医師と臨床心理士だけの組織です。純粋なゲーム会社とは、全然違う専門性を持つ会社です。エンターテインメントを探求するゲームのクリエイターの人たちとそれぞれの専門性を生かすことで、毒にならないゲーム作り、効果的な薬となるゲーム作りができるのではと考えています。

── 今後は、どのような取り組みを進めていくのでしょうか。

暮らしや仕事の中で、自然に心理ケアができる環境作りをしたいと考えています。治療のための特別な場所を作るのではなく、またゲームのようなアプリを開くまでもなく、日々使う空間の中にいるだけで癒され、前向きな考え方になれる空間です。ミックスド・リアリティやデジタルアートなどを活用した視覚的効果に認知行動療法の方法論を盛り込んで、実現したいと考えています。

── それはすごいですね。実現に向けて、何か課題はあるのでしょうか。

効果的な空間を作り出すためには、使った手段によってどのような効果が得られたのか、明確に検証できる方法を用意する必要があります。ところが、効果を及ぼす対象である心が実体のないものであるため、効果測定がとても難しいのです。

これまでの心理学の研究や心のカウンセリングでは、被験者とカウンセラーが1対1で向き合って、心理検査を実施しながら効果を見定めていました。そこには、主観が混じりがちで、精度も往々にして低いものになってしまいます。

現在は、心の状態を客観的に測る様々な手段が提案されるようになりましたが、発展途上です。脈拍や血糖値のような他の医療分野で使っているような客観的指標で、科学的な心理学の応用ができる方法を探しています。心理学の専門家と最新のテクノロジーを駆使する専門家が協力して取り組めば、ここには大きな伸びしろがあると考えています。

[ 脚注 ]

*3
世界保健機関(WHO)は、2019年5月25日に開催した総会の委員会で、日常生活に支障をきたすゲーム依存症を「ゲーム障害」と呼ぶ疾患として認定した。今後、予防対策や治療法の開発などが進むことが期待されている。

清水 あやこ氏

Profile

清水 あやこ(しみず あやこ)

株式会社HIKARI Lab 代表取締役

「気軽で簡単にできる心理ケア」をモットーにした株式会社「HIKARI Lab(ヒカリラボ)」の代表取締役。 筑波大学大学院非常勤講師。
臨床心理士によるオンラインビデオカウンセリングや、認知行動療法の考えに基づいたゲームアプリ「SPARX」の開発、ストーリーを楽しみながらこころを軽く、楽にするヒントが身につくゲームアプリ「問題のあるシェアハウス」の監修、企業へのアドバイザリー業務等を行う。
著書:『女子の心は、なぜ、しんどい?』(フォレスト出版)、『ちょこっと、ポジティブ。 一瞬で気持ちがふわっと軽くなる35のコツ』(大和出版)

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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