No.023 特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

No.023

特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

Cross Talkクロストーク

変化を前提にビジネスに取り組む人材が、SDGsを引っ張る

平本 督太郎氏

── SDGsの目標を達成するためには、もっぱら豊かさを求めるこれまでの社会や人の価値観自体を変えていかなければならないように思えます。SDGsに関連した取り組みに携わる人たち、さらには関連ビジネスを行う企業はなおさらだと思います。平本先生は、これから、どのような人材を育成していく必要があると思われますか?

平本 ── 私は、金沢工業大学で、SDGs関連の取り組みで活躍できる人材を育成しています。こうした人たちが今後政府機関やNGO、NPO、さらには企業に所属することで、SDGs等の取り組みは加速していくと確信しています。人材を育成する際には、大きく2つの点に留意しています。

1つは、取り組みの対象となる環境が刻々と変化する中で、状況の変化に応じて時々の意思決定ができる力を養うことです。これまでの教育では、与えられた課題に対する正解を求めることに注力していたので、実際にはありえない理想的な前提を基にした机上の空論になりがちでした。例えば経済学では、キッチリと定義した世界の中で、ある行動を取ると経済にどのような変化が起きるのかを洞察していました。ところが現実世界の経済では、刻々と事態が動いている間に新しい情報が次々と増えていき、その情報を活用して行動を変化させていくことが重要です。最近では経済学でもそうした観点からの研究に注目が集まっています。象牙の塔と呼ばれた学術界ですらそういう変化があるので、経済界ではなおさら変化すべき状況だといえるでしょう。テクノロジーを開発して社会実装する際にも、ビジネスに取り組む際にも、最初にキッチリとした計画を立てたとしても、その通りにならないことが多くなっています。そのため、変化を前提にして、変化が起きた際にすぐに適切な判断を下せる力が必要になってきます。加えて、変化の中で正解が分からなくても行動することで学び成長し続けることも大切です。

山﨑 ── 変化を前提に、環境の変化をしっかりと見極めて、常にテクノロジーやビジネスを磨き続けることは重要ですね。

平本 ── もう1つは、既存の環境でポジションを奪い合うのではなく、新しい環境を創出できる力を養うことです。これまでは、固定した市場の中で1番を目指して競争し、そこで勝ち残る力をつけることが重要でした。しかし、社会が大きく変化する時代には、既存の市場が急に縮小し、代わりに新しい市場が創造されることがよく起こります。こうした時代においては、同じ志を持つ人を集め、一緒に新しいテクノロジーや市場、ビジネスを共創できる人材が求められると考えています。そのため、問題の解決策の考え方からではなく、何が問題なのかを設定することから始める教育に、小・中・高と連携しながら取り組んでいます。自治体から生の社会課題を提示してもらい、問題を再定義したうえで新たな事業を企画して、それを実行していくことを繰り返しながら、地域を改善していく教育をしています。

次世代を担う小・中・高・大学生も参加したジャパンSDGsユースサミットの様子
日本中の小中高生が集うユースサミットでは、彼ら彼女らが若者ならではの視点を活かして実際に各地で行動した結果を共有しており、SDGsに注力してきたジャパンSDGsアワード受賞組織の人たちですら、改めて気持ちを奮い立たされるような刺激を得ている。
次世代を担う小・中・高・大学生も参加したジャパンSDGsユースサミットの様子

山﨑 ── テクノロジーを生み出し、それを使って新しいビジネスを創るプロセスでは、思い通りにはいかないことが多いものです。私たちの会社のメンバー1人ひとりを見ても、志を持ってみんな取り組んでいるのですが、多くの人が慣れ親しんだ既存の素材に替えて新素材を広げようとすることは簡単なことではありません。様々な困難に直面しながら、みんながんばって一生懸命戦っています。

日本はSDGsに貢献できる技術・価値観・仕組みを持っている

山﨑敦義氏

── SDGs関連のビジネスに取り組む経営者として、山﨑さんは大学にどのような人材を育ててもらいたいと思われますか?

山﨑 ── これからは、私たちが携わっている新素材ビジネスだけでなく、あらゆる産業で必ずSDGsに沿った企業経営が求められてきます。日本は、SDGsに貢献する取り組みを行う際の技術、価値観、仕組み作りでは、世界でトップクラスだと思います。正確無比な鉄道の運行や、お客様を待たせることなく迅速に座席を清掃する新幹線の清掃などは世界中が驚く仕事です。日本では当たり前に見えることも、世界から見れば奇跡に見えることがたくさんあります。

優れたテクノロジーを保有する企業が数多くあることに加え、こうした世界に誇る仕事の背景にある仕事意識やスキルは、日本の企業がSDGsに取り組む上で確実に武器になります。SDGs関連の取り組みやビジネスでは、世界をリードする潜在能力が日本にはあると考えています。ただし、日本国内の取り組みだけに生かしたのではもったいないと思います。日本の強みを持って、世界に挑戦、貢献していきたいと思う人材を育ててもらいたいのです。

平本 ── SDGsの取り組みにおける日本の強みがあることに、私も共感します。日本は、先進国の中では珍しく、自然との共存に対する意識が高い国です。SDGsの活動の中心は欧州なのですが、自然は人間と対峙するものであり、立ち向かうべきものという意識が強いように思えます。これに対し日本は、人間は自然の一部であり、自然の中で共存していくことを大事にするという考え方が古くから定着しています。日本独自の経済のあり方として、里山経済*3といった発想も古くから存在し、改めて重要性が強調されてきています。そういった意味では、日本人が受け継いできたライフスタイルとSDGsとの整合性はずっと高いと思います。

アジアやアフリカの途上国は、これからの成長を考える際に、模範とすべき国として、かつての宗主国の欧州諸国なのか、現在の大国である米国なのか、それともシンガポールなどアジアの先進国なのか、どの国を選ぶのかを迷っているように見えます。これまで日本は、なかなか自分たちのモデルを提示できないでいたため、模範にはなり得ませんでした。山崎さんがおっしゃるように、日本にはSDGsの理念に沿った取り組みを推し進める技術、価値観、仕組みがあるわけですから、途上国の模範になりえる成長モデルを提示し、世界に伝わる形で発信していく必要がありますね。

[ 脚注 ]

*3
里山経済: 里山資本主義とも呼ぶ。里山のような身近なところから、水や食料・燃料を手に入れ続けられるネットワークを用意しておこうという思想のこと。日本総合研究所の藻谷浩介とNHK広島取材班の共著の中で記された造語。
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