No.024 特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

No.024

特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

Cross Talkクロストーク

幸せは結果ではなく、原因

前野隆司氏

── 時代ごとに何を幸せとするのかは変わってきたと思いますが、幸せ感やそれを捉える方法の変容についてはどう捉えておられますか。

前野 ── 矢野さんもおっしゃっていますが、語源に遡ると中国の幸福は幸運という意味もあります。ですから、幸せと運はもともと同じ意味だったと言われているのです。ハッピーの語源の「ハップ」もめぐり合わせという意味で、やはり関係性や運を強調しています。つまり、いろんなことをした結果として運のいい人は幸せになる、運の悪い人は不幸せになると捉える傾向が、大雑把にいって、もともとは世界中で見られたということなのです。

宗教から見ても天命のような決定論的なものが想定されていました。しかし、今アメリカ人がハッピーと言う時には、別に運という意味では使わないですよね。科学が発展するにつれて、運命論ではなく自分たちで人生を切り開いていくのだという方向に語感が変わっていったのではないでしょうか。

ここ数十年で言うと、やはり心理学の分野で幸せな心の状態を作っておくと、その結果、創造性が増すとか利他的になるといった相関がわかってきました。例えば感謝する人は、その結果、幸せになる。つまり、従来は、幸せは結果だと思われてきたのが、実は原因にもなるということが介入実験や時系列的に追いかけていく研究でわかってきたのです。だから、目指せるものとして、幸せの研究が盛んになってきたともいえるでしょう。

つまり幸せな心の状態を作っておくと、その結果生産性が上がったり創造性が上がったり寿命が伸びたりする。矢野さんがおっしゃったポジティブ心理学も、まさにポジティブな心の状態作っておくとそれが予防医学になるということですね。ですから、今は「健康に気をつけて」と言いますけれど、いずれは「幸せに気をつけている?」という風に使われるようになるのではないかと思うのです。

矢野 ── 私はもともと理論物理を研究していました。物理とはものの理(ことわり)を探求する学問ですが、対象は何でもいいのです。実際、物理は対象どんどん広げてきた歴史でもあります。宇宙にビッグバンという始まりがあったなんて 60〜70年前にはわからなかったのですが、そう考えないと実際の観測データが説明できません。物理の基本原理になっているのは計測であり、そこから得たデータによって仮説を反証していくというプロセスです。素朴な直感よりもデータや観測を重んじるということによって、物理や物理に関わる分野は過去 100年ものすごく進歩してきたのです。

それと比較すると、社会・人文科学は、物理に憧れている部分がありながら、そうなり切れなかった歴史があります。その理由は計測データの不足にあるのではないかというのが私の仮説です。逆に計測やデータがあれば、物理のような定量的な反証によってより幅広い人や社会活動に関わって法則性が見出されるのではないかと考えたわけです。データを測る手段の方も日進月歩で、ウェアラブルやスマホ、カメラなどがこの 20年間でどんどん発展し、かつ専用に計測しなくても、たまたま溜まっていたデータの中に人間の非常に基本的な法則性を見出せるといったことも可能になっています。

前野 ── 私も元は機械工学を研究していたのですが、早く幸せを分析したくなって対象を変えました。その際、既存の多変量解析という確立された分析手法で幸せを分析しようと思ったのです。幸せを研究する心理学者は個別分野を深く探求することが多いのですが、私は幸せと関係ある物事の全体像を多変量解析することから始めました。

その結果、幸せの4つの因子や、幸せな働き方の7因子と不幸せな働き方の7因子などが出てきました。そこで、最近はそれを使って、人々が幸せになるような職場づくりとか、幸せな街づくりとか、ハウスメーカーと一緒に住めば住むほど幸せになる家の設計などを行なっています。機械工学は応用物理で、世の中の役に立つものを作ります。その目的は今も同じです。

計測とデータで、幸せの行動パターンを探る

矢野和男氏

── 矢野さんは、加速度センサーで人の動きを計測されてきたわけですが、動きはハピネスにどう関連しているのでしょうか。

矢野 ── この10年以上にわたって、人々が3次元的にどう動いているかのデータをミリセカンドレベルで、合計1000万日以上集めてきました。加えて、誰と誰が対面しているかも計測し、これに心理学の質問紙への回答や経営学の指標、時系列に沿った仕事の生産性のデータも照らし合わせます。そこから、幸せな組織、幸せでない組織に見られる行動パターンがわかったのです。

一番わかりやすいものだと、幸せな組織では5分か 10分の短い会話の頻度が多い。仕事をしていたら、ちょっと確認したいことや耳に入れておきたいことなどがいっぱいありますよね。普通の会社だと、予定表に入れるような会議が2週間に一度あったりするわけですが、不幸せな職場の典型はそれ以外の日に会話がありません。逆に幸せな職場のパターンでは 5分、 10分の短い会話が毎日のように起こっているのです。

また、会話の際の発言権の平等性も重要です。幸せな組織では皆に平等に近い発言権が見られるのに、不幸せな組織では特定の人に発言権が偏っているのです。発言の平等性は心理的安全性という文脈でも捉えられますが、グーグルが大々的に行なっている高生産性チームの研究『Project Aristotle』では、まさに発言権の平等性を取り上げていて、チームの能力の総計やパーソナリティーとは無関係に発言権の平等性が効いていたことが報告されています。

また、カーネギーメロン大学とMITで集団的知性についての研究も行いました。ここでは、何百というチームに互いに協力し合わなければ解けない問題を与えました。集団にも一種のIQがあって、それは単なる個人のIQの足し算ではないのではという仮説からスタートした研究です。結果的に、うまく問題を解き集団的にIQが高かったチームは、やはりチームの中での発言権が平等だったことがわかりました。

さらに面白いのは、写真の目の部分だけを見せて「この人はどんな感情ですか」というテストをやると、この部分的な情報から相手の感情を推定する能力の高い人たちが集団的にインテリジェントでした。一般的に問題解決能力と言われているものと全然違うところ、つまり平等に発言したりアイデアを出したりする関係性が作れて、相手の気持ちがわかるということが集団として生産的な組織の特徴であると言えるのかもしれません。前野先生が言われたように、いろいろな視点を同時並行的に捉えてこうした研究をやっていますが、データから知見を得る方法はこの20年で大きく進化し、そこに貢献できたかと思っています。

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