No.024 特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

No.024

特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

Cross Talkクロストーク

前野氏と矢野氏の対談は、2020年9月1日にリモートで行われた。
前野隆司氏,矢野和男氏

前野 ── 人と人との対話を活性化すると、人は幸せになるんですよね。感謝について語り合ったり、励まし合ったりするのは、むしろ昔の人が普通にやっていたことです。実は今、旧石器時代や縄文時代にすごく興味があります。これらの時代は農耕革命以前で、生活は貧しいのですが、貧しいから助け合いながら生きていたと言われています。もちろん隣の部族と闘うなど、いろいろな闘いはあったと考えられますが、そもそも富がないので、富を巡って争うことはありませんでした。

ところが農耕革命が起きると、米や小麦を蓄えられるようになりました。飢え死にしたかもしれない狩猟採集生活とは違って、蓄えて安心できるようになったのですが、その結果、生産性が低くなったと言われています。狩猟採集生活ではほとんど遊んでいて、お腹が空いたらちょっと魚でも取ってくるかと出かけていく程度でも生きていけたため労働時間が短かったのに対し、農耕生活ではたとえば田んぼをきちんと作る必要があるため、ものすごく長時間労働するんです。つまり、単位面積に住む人が多いから土地面積当たりの効率は高いものの、1人当たりの労働時間は増えてしまった。それこそ働き方改革の視点で見れば、旧石器時代の方がよほどライフワークバランスが取れていました。だから、農耕革命以来、人間は自然を変えて豊かになったつもりでも、実は1人当たりの労働は増えているのです。

300年前に起こった産業革命後には、便利になったはずがさらに忙しくなりました。インターネットもそうでしょう。便利だと思っていますが、みんなメールに追われています。そう考えると、人類は旧石器時代が一番幸せだったのではないでしょうか。科学技術が発展した一方で、地球環境も破壊され、格差問題も解決できていません。そろそろこの発展を終わりにして、みんなが幸せの世界を取り戻すべきなのではないかと思うのです。人類は自然と共に生きる世界に帰っていくべきなのだと思っています。

矢野さんが最先端の研究をやっているのに対して、私は旧石器時代のアプローチです。テクノロジーから離れていって、哲学や考古学に興味があります。理系から始まって同じ幸せを研究しているのに、方法は全然違っていますが、これは役割分担だと思うんですよ。

── そうした狩猟採集時代の生活のいいところを、テクノロジーで実現するといったアプローチがあればいいですよね。

前野 ── コロナ禍中オンラインで働くようになり、北海道や沖縄に移住した人もいます。大自然の中で生きつつ、最先端のテクノロジーを使って会いたくなったら3次元で会えるといったことが可能になっています。未来社会では、まさに進歩と古いものが一体化するのだと思います。

Profile

前野隆司氏

前野 隆司(まえの たかし)

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長

1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。

著書に、『幸せな職場の経営学』(2019年)、『幸福学×経営学』(2018年)、『幸せのメカニズム』(2014年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房,2004年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。

矢野和男氏

矢野 和男(やの かずお)

株式会社 日立製作所 フェロー
株式会社ハピネスプラネット 代表取締役CEO
博士(工学)
IEEE Fellow
東京工業大学 情報理工学院 特定教授

山形県酒田市出身。1984年早稲田大学物理修士卒。1991年から1992年まで、アリゾナ州立大にてナノデバイスに関する共同研究に従事。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ニューヨークタイムズなどに取り上げられ、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。

さらに、2004年から先行してウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用で世界を牽引。論文被引用件数は2500件、特許出願350件を越える。「ハーバードビジネスレビュー」誌に「Business Microscope(日本語名:ビジネス顕鏡)」が「歴史に残るウエアラブルデバイス」として紹介されるなど、世界的注目を集める。のべ100万日を超えるデータを使った企業業績向上の研究と心理学や人工知能からナノテクまでの専門性の広さと深さで知られる。特にウェアラブルによるハピネスや充実感の定量化に関する研究で先導的な役割を果たす。

博士(工学)。IEEE Fellow。電子情報通信学会、応用物理学会、日本物理学会、人工知能学会会員。日立返仁会 監事。東京工業大学 情報理工学院 特定教授。文科省情報科学技術委員。これまでにJST CREST領域アドバイザー。IEEE Spectrumアドバイザリ・ボードメンバーなどを歴任。

1994年、IEEE Paul Rappaport Award。1996年、IEEE Lewis Winner Award。1998年、IEEE Jack Raper Award。2007年、Mind, Brain, and Education Erice Prize。2012年、Social Informatics国際学会最優秀論文など、国際的な賞を多数受賞。

2014年7月に上梓した著書『データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。 

Writer

瀧口 範子(たきぐち のりこ)

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。
上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。雑誌社で編集者を務めた後、フリーランスに。1996-98年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピューター・サイエンス学科にて客員研究員。現在はシリコンバレーに在住し、テクノロジー、ビジネス、文化一般に関する記事を新聞や雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義:レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)『にほんの建築家:伊東豊雄観察記』(TOTO出版)、訳書に 『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Software)』(アジソンウェスレイ・ジャパン刊)、『エンジニアの心象風景:ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会 共訳)、『人工知能は敵か味方か』(日経BP社)などがある。

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