No.024 特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

No.024

特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

Cross Talkクロストーク

幸せは動き続ける行為の中にある

矢野和男氏

矢野 ── 自粛生活には、まさにそこを取り戻した面もありますね。私は日野市に住んでいて、毎日、犬の散歩に出かけるのですが、これまでただの通勤路だった場所が緑豊かで崖がたくさんあり、水が湧き出ていたりすることを発見しました。光も水も朝晩で違います。そういう基本的な事実に全く気づいていなかったと知ったのです。自然と一体に感じるのは幸せに関係しますが、犬を連れていると、さらにプラスアルファがあって、結構見知らぬ人と会話するのです。例えば、知らないおばあちゃんの「娘が一緒に住もうって言うけれど、旦那さんと上手くやっていく自信がない」などという話を何十分も聞いているのです。そんな私がこの世にいるということ自体が信じられません。これまでの60年の人生になかったことですね。

前野 ── 全く同じですよ。うちには犬はいませんが、僕もカメラを持って毎日、横浜の自然が多い地域を1〜2時間散歩します。これまで自然と接するのは、アウトドア派など趣味の問題だと思われがちでしたが、そもそもこれが人類本来のあり方ではないのかと感じます。自然の中にいると、やっぱり人類とか旧石器時代に思いを馳せたり、生きるって何だろうといったことを大きな視点で考えたりするのです。一方、人工的な部屋にいると、学生をどうしようかなどといった目の前のことばかりが気になりがちです。

以前から「みんなで幸せでい続ける経営研究会」という集まりを大企業十数社と一緒にやっていて、ゴールデンウィーク前後にアンケートをとりました。そこからわかったのは、コロナ禍によって不幸せになった人が2割、幸せになった人が4割、変わらない人が4割だったことです。もちろん医療従事者や食品関係者など、最前線で大変な思いをされている方への対策は急務ですが、家族と触れ合う時間が増えた、長い通勤時間がなくなって嬉しいという人々はたくさんいるようなのです。

前野氏と矢野氏の対談は、2020年9月1日にリモート取材で行われた。

矢野 ── 幸せが境遇に左右されるという面は100%否定しませんが、サステナブルなウェルビーイングや幸せの根幹には、どんな境遇であっても前向きな機会に変換する行為が生まれていると私は思っています。そういう行為が無数に行われている全体を遠くから見ると、波が見えたり淀みが見えたりするでしょう。幸せの形はスタティック(静的)なものと捉えがちですが、本当は動き続ける日々の行為の中にあるのではないでしょうか。そして、その時々の状況に応じた行為の概念があって、覚悟を決めなければいけない、ここで人と連携しなければいけない、情熱を持たなければいけないなど、いろいろな顔が出てきます。私はそれが全部幸せだと思います。そういう前向きな行動や心理状態を生み出せる一種のスキルや習慣、リチュアル(儀式)などのプロセスが、常にその人の中で回っているかどうかが、最も重要な根幹の幸せではないでしょうか。

人生とは基本的に山あり谷ありで、良い境遇だけの人などいません。私が今ここにいるのも、先ほど申し上げた17年前に日立の半導体事業の状況があったからです。それだけ見ればネガティブな境遇で、実際、当時は私もそう感じました。でも、いま思えば、あれは最高の事業転換だったわけです。

前野先生の幸せの4因子もそういったことを表現しているように見えます。こうしたことを広くプロモートして、みんなが逆境に陥らないようにしたいですね。保育器の中に人間を入れて保護し続けることはできませんが、一方で表面的には逆境と見られるようなことも、必ず宝にできる面があります。そういう思考や行動に自信が持てる人達を作るのが、本当は一番大事なのかなと感じます。だから、幸せと言っても、単なるスマイルマークがついた嬉しい、楽しいを目指すこととは違うのです。

不確定な社会を生きるツールと感性

前野氏と矢野氏の対談は、2020年9月1日にリモート取材で行われた。

前野 ── 幸せの4因子は、まさに矢野さんがおっしゃったことを指しています。幸せには、長続きするものとしないものがあります。長続きしない幸せは、お金や地位による幸せ、つまり境遇の差による幸せです。一方、長続きするのは、精神的、身体的、社会的に良好な状態であることです。これは僕が提唱したことではなく、心理学で従来言われていたことなのです。

その中の心の幸せについて私たちのグループが分析した結果、「やってみよう(自己実現と成長)」、「ありがとう(つながりと感謝)」、「なんとかなる(前向きと楽観)」、「ありのままに(独立とマイペース)」という4つの条件を満たしていると幸せであることがわかりました。何かやってみようと決意して頑張る、ありがとうとみんなと共に感謝しながらやる、なんとかなるというチャレンジ精神を持ち、そして協調圧力に負けずありのままに生きる、ということです。 ですから、お花畑な感じではなく、結構力強く人生を切り開いていく人のイメージですね。

では、この4つはどうすれば高められるのでしょうか。心理学では「介入研究」と言って、何をしたら幸福度が上がるのかという研究は山ほど行われています。 一番有名なのは、マーティン・セリグマン先生の 「3つのいいこと」で、今日 1日のいいことを書き出すというものです。単純ですが、これをやると幸福度が上がることがわかっているのです。ポジティブ心理学やウェルビーイングの本を読むと、幸福度を上げるための答えがいっぱい出てきますから、ぜひご覧ください。その中のどれかをやるというのもいいでしょう。ただ、そもそも幸せの4因子は、小学校で教えているような内容と同じなのです。夢を持ち、チャレンジし、自分らしく、みんな仲良く、ということですからね。小学校で教えられた通りに大人もちゃんとやればいいんですが、それが会社でできていないというケースが多いわけです。

矢野 ── 先ほど言ったように、うまくいかない会社は数分の短い会話がなくて、次の会議までみんな黙っています。その会議でも、発言するのは上司やいつもの面子ばかりということですね。他の人は、何か言うと自分のマイナス評価になるのではないかと、リスクをいつも気にしている。そういう状態はダメなのです。

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