No.024 特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

No.024

特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

Cross Talkクロストーク

前野隆司氏

── 矢野さんは、加速センサーを使った研究からハピネスプラネットという新会社を立ち上げ、サービスを開始されました。今後、データから得られた考察に基づいて、組織をハッピーな方向に向けるために努められると思うのですが、結果としてわかったことをそのまま注入すれば本当にハッピーになるのでしょうか。例えば、幸せではない組織が数分の会話を頻繁に持つようにすれば、いい組織に変わるのでしょうか。

矢野 ── そんな万能薬はありません。組織の場合、何と言っても重要なのはマネージメントです。マネージメントがどんなリーダーシップを取っているのかが、さまざまな制約や方向付けとなっているのです。そのマネージメントを正しい方向に向かわせるのが、われわれのビジネスの目的です。

ドラッカーも、測定できないものは管理できないと言っています。例えば、会社のトップの下に50の組織があったとしましょう。それぞれの組織の人たちがみんな幸せに働いているか、日々前向きに挑戦しようしているかは、今はリアルタイムではわかりません。せいぜい 1年に一度の従業員満足度調査などから、心理的な回答を得ることしかできないのです。また、何か対処したとしても、その前後でどう変わったのかも見えてきません。まずはそこをきっちり計量化し、マネージメントとしてやるべきことがあり、それが従業員の行動にどんな影響を与えるのかがわかるものを、人間を捉えたシステムとして作っていこうということです。

現在のビジネスは、すべてのことは計画できるという前提に立ってPDCAや標準化、内部統制といった方法論を用いるわけですが、コロナ禍に限らず、年初には予測もできなかったことが毎年のように起こっています。ですから、未来は計画可能であり、PDCAを回せばうまくいくという考えは間違っているのです。こうした不確定な環境では、人々が常に前向きに実験し学習して、大義にはこだわりつつ手段にはこだわらず挑戦しているという組織のあり方を、マネージメントがサポートしなければなりません。そのためには、根幹にあるマネージメントの基本ツールを変えなくてはならないのです。従来の業務システムは、人を機械の部品のように扱ってきました。そうではなく、人間を人間として扱い、その心は時にはうつ病になることもあるけれど、前向きになればクリエイティビティーが何百%も発揮される人達として扱う会社の仕組みを考えるということですね。

前野 ── 旧石器時代や縄文時代も、同じく不確定な社会でした。農耕生活のようには富を溜められなかった時代ですから、自分の感性を研ぎ澄ませて生き延びるしかありませんでした。昔の人々は2km先に獲物がいるのがわかったといいますから、やはり五感を研ぎ澄ませて生きていたのでしょう。私がそういう古い自然な生き方に興味がある理由の一つは、現代社会のテクノロジーを適切に使わないと、そこから離れる方向に行ってしまうからなのです。

今後、テクノロジーに関する研究を行うにあたって関心があることは、テクノロジーを使って人々を過度に安心安全にするのではなくて、いかに五感を研ぎ澄ませられるかという点です。もちろん、現代人類のテクノロジーの蓄積はすばらしいですが、それらと、旧石器時代や仏教など古来の叡智の探求を、両立すべきだと感じています。テクノロジーも、20万年にわたる人類史から捉えないと誤った方向に行くのではないかと思います。

矢野和男氏

── 矢野さんは、格差問題をテクノロジーで解決できるのではないかと書かれていますね。

矢野 ── 分配がどういう自然法則で成り立っているのかという視点から、格差がなぜ生まれるかを結構研究しました。わかったのは、現在の富の分配は釣り鐘型のような、いわゆる正規分布にはなっていないということです。

実は、それと同じ原理が働いているのが、SNSのフォロワー数です。特定の人に独占的にフォロワーが集中する一方、そうでない人が大量にいるという格差が生まれる仕組みになっています。富める人が指数関数的により富んでいくというメカニズムが、あの中に組み込まれているわけです。

人と人とのつながりが平等な組織の方が幸せでクリエイティビティーが高いのですが、SNSはそういう人間の原理を全く無視して、人を不幸せにするように設計されている。SNSを見るたびに、テクノロジーには、もっと違う形があり得るのではないかと思うのです。

Profile

前野隆司氏

前野 隆司(まえの たかし)

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長

1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。

著書に、『幸せな職場の経営学』(2019年)、『幸福学×経営学』(2018年)、『幸せのメカニズム』(2014年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房,2004年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。

矢野和男氏

矢野 和男(やの かずお)

株式会社 日立製作所 フェロー
株式会社ハピネスプラネット 代表取締役CEO
博士(工学)
IEEE Fellow
東京工業大学 情報理工学院 特定教授

山形県酒田市出身。1984年早稲田大学物理修士卒。1991年から1992年まで、アリゾナ州立大にてナノデバイスに関する共同研究に従事。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ニューヨークタイムズなどに取り上げられ、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。

さらに、2004年から先行してウエアラブル技術とビッグデータ収集・活用で世界を牽引。論文被引用件数は2500件、特許出願350件を越える。「ハーバードビジネスレビュー」誌に「Business Microscope(日本語名:ビジネス顕鏡)」が「歴史に残るウエアラブルデバイス」として紹介されるなど、世界的注目を集める。のべ100万日を超えるデータを使った企業業績向上の研究と心理学や人工知能からナノテクまでの専門性の広さと深さで知られる。特にウエアラブルによるハピネスや充実感の定量化に関する研究で先導的な役割を果たす。

博士(工学)。IEEE Fellow。電子情報通信学会、応用物理学会、日本物理学会、人工知能学会会員。日立返仁会 監事。東京工業大学 情報理工学院 特定教授。文科省情報科学技術委員。これまでにJST CREST領域アドバイザー。IEEE Spectrumアドバイザリ・ボードメンバーなどを歴任。

1994年、IEEE Paul Rappaport Award。1996年、IEEE Lewis Winner Award。1998年、IEEE Jack Raper Award。2007年、Mind, Brain, and Education Erice Prize。2012年、Social Informatics国際学会最優秀論文など、国際的な賞を多数受賞。

2014年7月に上梓した著書『データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。 

Writer

瀧口 範子(たきぐち のりこ)

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。
上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。雑誌社で編集者を務めた後、フリーランスに。1996-98年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピューター・サイエンス学科にて客員研究員。現在はシリコンバレーに在住し、テクノロジー、ビジネス、文化一般に関する記事を新聞や雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義:レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)『にほんの建築家:伊東豊雄観察記』(TOTO出版)、訳書に 『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Software)』(アジソンウェスレイ・ジャパン刊)、『エンジニアの心象風景:ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会 共訳)、『人工知能は敵か味方か』(日経BP社)などがある。

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