No.025 特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

No.025

特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

Expert Interviewエキスパートインタビュー

ライブストリーミングによって観客が拡大

T.L. テイラー氏

── 近年は、1万人ほども収容できる大きなアリーナ会場で派手なeスポーツのイベントが開かれることが話題になっていました。観客が見ているのは、ステージ上でゲームを操作するプレーヤーたちの様子ですね。

それもeスポーツの複雑さの一つです。ステージ上にはプレーヤーやチームの物理的な身体があります。そして、大きなスクリーンにはゲームが映し出されているのですが、そこには彼らの存在を代理するキャラクターが表現されている。さらにスクリーンの端にはプレーヤー自身の表情が大写しで見えるようになっている。eスポーツの観客は、デジタルなゲームの状況を見たりプレーヤーの表情に目をやったりして、勝負の展開をマルチ・モーダルな複雑な方法で解釈するのに慣れているのです。

── 加えて、最近はプレーヤーたちがスタジオや家からストリーミングするというケースもありますね。

その通りです。ビデオゲームが生まれた頃からコンピュータ・ゲームでの対戦はありましたから、eスポーツにはもう何10年もの歴史があります。それが、最近のライブストリーミングによって急速に人気が高まりました。ライブストリーミングではプレーヤーが練習する様子も見ることができて、まるでスタジアムのネット裏で練習中のスポーツ選手をファンが見学するようなものです。もちろん、プロのプレーヤーは隠しておきたい技は見せないようにしていますが、それでもファンとプレーヤーが近づける機会を提供しています。

── コロナ禍以前からライブストリーミングは使われるようになっていたのでしょうか。

そうです。アリーナ様式と並行して成長してきました。長年の歴史の中でプロプレーヤーもファンも観客を増やしたいと願ってきたのですが、なかなか難しかったのです。どのファンサイトに行けばいいのか、ビデオ・オン・デマンドやユーチューブで何を探せばいいのか、そういったことがすぐにわからないので、eスポーツのファンになるのは簡単ではなかったのです。そこへライブストリーミングが使われるようになって、観客の拡大に大きな力となりました。マニアックなファンにならなくても、アメリカにはトゥイッチ(Twitch)のようなサイトがありますし、日本にもeスポーツのストリーミングサイトがたくさんあります。それを通してトーナメントが簡単に見られるようになりました。そうしてオンラインの観客が増えた結果、以前から観客を拡大してそれを商売にする手段を探していたトーナメントの主催者らが、どんどん大きな会場に観客を呼び込むようになったのです。eスポーツにはいつも生のイベントがありました。今はそれが巨大規模になり、新しい方法でマネタイズできるようになったのです。

eスポーツイベント「CAPCOM Pro Tour 2019 アジアプレミア 決勝戦」の様子
写真:ぱくたそ(www.pakutaso.com)
eスポーツイベント

「スポーツ」と名付けられるゆえん

T.L. テイラー氏

── ところで、eスポーツに関心を持ったきっかけは何ですか。

最初に研究したのは、『エバークエスト(EverQuest)』のような大規模多人数参加型オンライン(MMO=Massively Multiplayer Online)ゲームでした。その調査をしている時に出会ったのが「パワーゲーマー」と呼ばれるプレーヤーたちです。MMOゲームをするわけですが、彼らは我々とは全く違った方法で取り組んでいました。非常に高い技術を持ち、ゴールを設定してそこへ向かって集中して鍛えていくのです。一体どんな人たちなのだろうかと関心を持ったのがきっかけでした。

その後、デンマークの倉庫で開かれたイベントに出かけた時のこと、寒くてガランとしたその場に似つかわしくない身綺麗なスーツに身を包んだ人を見かけました。話しかけてみると、何と「チームオーナー」だと言うではありませんか。すでに複数のプレーヤーと契約していて、新たにスカウトできる人物を探しに来ていたのです。ここからわかったのは、契約プレーヤーを抱えるオーナーの存在に加えて関連組織ができつつあり、それがeスポーツを成り立たせているということです。同じとまではいかなくても、従来のスポーツに非常に似ているのです。

── eスポーツと呼ばれるゆえんは競技することにあるのではなく、チームや組織といったプロスポーツの構造を踏襲している点なのでしょうか。

スポーツと呼ぶのは、いろいろな意味で便利なのです。私が研究を始めた時は、すでにeスポーツの第二波がやってきていました。それに先立つ第一波では、ゲームセンターにあったようなゲームマシンでの戦いが中心でした。2000年代初頭以降の第二波にはインターネットがあり、プロやプロを目指すプレーヤーたちがスポーツ用語をよく使っていました。それが自分たちのやっていることを説明する唯一の方法だったからです。実際、野球やサッカー、ホッケーなど、スポーツのバックグラウンドを持つプレーヤーもたくさんいて、スポーツと重なる部分が大きかったことも確かです。ですから、彼らが使ったスポーツ用語がeスポーツという呼び方につながった点もありますが、もう一つは先述した制度化です。正式な組織があって、業界が構造化されているのです。

── プレーヤーだけでなく、彼らを組織しマネージする役割が出てきたということですね。

現在はそこからさらに進んだ新しい段階にあります。ライブストリーミングの統合によってメディア化が進んでいることです。これまではスポーツのレンズで見ていたのですが、今はますますメディアやエンターテインメントのレンズでeスポーツを捉えることがふさわしくなっているのです。大会場で開催されるイベントはトーナメントをライブで見る場であると同時に、オンラインで配信される商品にもなっているのです。社会学者としては、そこにいる人々がどんな風に自分たちのことを表現するのか、どんなレトリックを使うのかに注目していて、今そうした変化が見られるわけです。

── ライブストリーミング以前に、eスポーツがテレビ番組として放映されるようなことはなかったのでしょうか。

私が深く調査をした2003年から2011年までのeスポーツの歴史を振り返ると、これを組織化しようという動きと共にテレビ番組を作ろうというアイデアもありました。実際韓国では番組として放映されているのですが、北アメリカやヨーロッパではうまくいきませんでした。eスポーツ発展の第二波の中では、ファン自身がトーナメントを開催するようなグラスルーツな状態から、ファンや元プレーヤーたちがeスポーツ会社を立ち上げて、組織ができてトーナメントを開催するようになり、その中で大資金を集めてテレビ番組化に動き出していたのです。しかし、バブルのような状況の中で失敗してしまった。eスポーツはニッチなもので終わるのかと考えられていたところへライブストリーミングがやってきたのです。私の最新の著書ではこの辺りのことに触れています。つまり、2000年代初頭から見ると今は夢のようなことが現実になったものの、それ自体がまたバブル的な状況を作り出しているのです。ただ、観客は急増し、かつて業界から離れた人々も「インターネットがあれば、もうテレビなんか要らない」と言って戻ってきています。現在eスポーツについてはメディア商品としてテレビ的な比喩が多く使われますが、テレビの箱の中に収まっているものではなく、コンピュータ・ゲーム文化に大きな影響を受けているわけです。ハイブリッドであるという点で、私は「テレビジュアル」という表現を使っています。

T.L. テイラー教授の著書
T.L. テイラー教授の著書
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