No.025 特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

No.025

特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

Expert Interviewエキスパートインタビュー

スポーツはeスポーツから何を学べるか

T.L. テイラー氏

── eスポーツの経済構造はどのようになっているのでしょうか。観客はライブストリーミングに入場料のようなものを支払うのでしょうか。

いえ、ほとんどは無料です。従来のメディアと同様、コマーシャルやスポンサーシップによって支えられています。日本の状況はわかりませんが、欧米では視聴ごとに課金するモデルも実験されているものの、成功していません。その中で新しい動きと言えるのは、デジタルグッズの販売です。例えば、ゲーム制作会社のバルブ(Valve)が開催するインターナショナル(The International)は、最大規模のトーナメントの一つです。『ドットA2(Dota 2)』というゲームで戦いますが、バルブはそこで福袋を売り出します。その売り上げの半分は賞金に回され、それが何百万ドルという規模になるのです。こうしたデジタルグッズ販売がコストを埋め合わせて利益を出す一つのやり方です。他にもいくつか実験が見られますが、儲けを出す方法はまだ誰にもはっきりとわからない状況です。

── コロナ禍中はスポーツの試合も入場者を制限するなどの事態に直面し、新しいあり方が求められます。スポーツがeスポーツに学べることは何でしょうか。

スポーツ業界は、若者がもはや高いケーブルTV料金を払わなくなり、スポーツの試合を見に行かなくなっていることに危機感を持っています。そこでeスポーツに目を向けるのです。eスポーツが成功したのは、多くの人々の体験欲求がもはや従来のテレビに縛られていないことを理解したことでしょう。彼らは、ゲーム文化とインターネット、そしてメディアを結びつけたノード(結節点)上で生きているわけですが、eスポーツはそこにうまく収まります。そして、若者がオンラインにいるのならば、「よし、そこへ行こう」とライブストリーミングをやったわけです。そうしてファンが自分を表現できる場を与えたのです。野球など従来のスポーツの一部もストリーミングをやっていますが、料金は高額ですね。eスポーツ業界では、多くの関係者が時間や知恵をオンライン空間に費やしてきましたから、コロナが起こった時には完全とは言えないまでも準備ができていたと言えます。もちろん、会場に行って見る生の試合は非常に迫力があります。eスポーツでも、会場にいる何千人もの観客が足を踏み鳴らしたり歓声をあげたりする雰囲気は、ストリーミングでは味わえません。しかし、こうしたアリーナ会場でのイベントはすでに何百万人にも配信される商品として制作されているのです。しかも会場には中国やフランスやドイツなどからコメンテーターが来ていて、トーナメントの様子は各国で配信されるわけです。eスポーツはすでに、そうしたグローバルなメディア商品であるという前提に立って制作されています。各国向けにリパッケージされるという点では、オリンピックやワールドカップと同じなのです。

T.L. テイラー氏

Profile

T.L. テイラー(T.L. Taylor)

マサチューセッツ工科大学比較メディア研究学部教授

eスポーツにおける公平性やインクルーシブ性を推進する組織エニーキー(AnyKey)の共同創設者でもある。質的社会学の視点から、過去20年以上にわたってインターネットとゲームの研究を続けてきた。ゲームのライブストリーミングに関する著書『Watch Me Play』に加え、『Raising the Stakes』『Play Between Worlds』などの著作がある。ゲーミングに関してホワイトハウスやIOC(国際オリンピック委員会)などのセミナーで講演したこともある。

Writer

瀧口 範子(たきぐち のりこ)

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。

上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。雑誌社で編集者を務めた後、フリーランスに。1996-98年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピューター・サイエンス学科にて客員研究員。現在はシリコンバレーに在住し、テクノロジー、ビジネス、文化一般に関する記事を新聞や雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義:レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)『にほんの建築家:伊東豊雄観察記』(TOTO出版)、訳書に 『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Software)』(アジソンウェスレイ・ジャパン刊)、『エンジニアの心象風景:ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会 共訳)、『人工知能は敵か味方か』(日経BP社)などがある。

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