No.025 特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

No.025

特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

連載01

ダウンサイジングが進む社会システムの新潮流

Series Report

約40万人が参加する前代未聞の臨床研究が可能に

加えて、情報のデジタル化が進むことで、集計や解析、さらには複数の医療機関や医師の間での共有が容易になる。このため、計測データを起点にして、より高度な診断や治療法の探求が利用可能になる。

アメリカのスタンフォード大学は、Appleと共同で、Apple Watchの心拍数脈拍センサーのデータから心房細動を検出できるかどうかを検証する研究を行った(図4)。心房細動は患者が自覚していないケースが多く、放置しておくと脳梗塞や心不全などにつながる危険な症状だ。

この研究では、「Apple Heart Study」と呼ぶ医療アプリを開発し、App Storeで公開。アメリカの約40万人が研究調査に参加した。Apple Heart Studyは、センサーで検出した心臓のリズムに異常が出た場合、プッシュ通知が表示され、iPhoneを介した無料の動画相談を受けられる仕組みのアプリである。異常を通告されて相談してきた参加者には、携帯型心電図パッチによる継続検査を行い脈拍の異常と心房細動の相関を調べた。心電図パッチで追跡調査した参加者の34%が心房細動だったことが分かったという。

[図4]Apple Watchを活用した大規模な心房細動の臨床研究とその成果に基づく他分野への横展開
作成:伊藤元昭
写真:Apple
Apple Watchを活用した大規模な心房細動の臨床研究とその成果に基づく他分野への横展開

健康診断での心電図の検査は、ほとんどの場合、1年のうち数十秒間だけの記録である。心房細動のような発作的な心臓病を見つける機会としては十分とは言えない。ウェアラブル機器ならば、常時モニタリングが可能だ。この研究で心房細動が見つかった被験者は、この仕組みがなければ病気に気付かなかった人がほとんどだった可能性が高い。これは医療関係者が驚愕する成果なのだという。

一般に、こうした研究でエビデンスとなる結果を得るには、極めて多くの実験例が必要だ。しかし、一般的な医療の臨床実験では、それほど多くの被験者を集めることはできない。40万人規模の被験者を対象にした臨床実験は、前代未聞の数字である。この成果を受けて、他分野の臨床研究への展開が加速している。

ブリガム·アンド·ウイメンズ病院およびアメリカ心臓協会では、心臓の健康と歩行速度など身体機能の兆候の関連性を研究する「Apple Heart and Movement Study」が、ハーバード大学、T.H.Chan公衆衛生大学院および国立衛生研究所(NIEHS)では女性の月経周期と婦人科疾患の関連性を研究する「Apple Women’s Health Study」が、ミシガン大学では日々の騒音などが聴覚の健康に影響を及ぼす要因を研究する「Apple Hearing Study」が行われている。

IoTで収集したデータから、クラウド上のAIが病気の予兆を察知

さらに、スマートウォッチなどウェアラブル機器が、スマートフォンなどを経由してクラウドにつながるIoT端末であることも重要だ。収集したデータをサーバ上に蓄積してビッグデータ化し、AIなどを活用して病気の兆しを探り出すことができる可能性があるからだ。日常生活を送りながら、異常をいちはやく察知し、症状が現れない未病の状態で早期対処できる可能性が出てくる。これは、あたかも毎日、健康診断を受けているようなものだ。

ウェアラブル機器などをネットにつないでIoT端末とし、そこから集めたデジタル化した生体情報をフル活用して、効果的で効率的なヘルスケア・医療サービスを提供する。こうした新しい医療のコンセプトは、「IoMT(Internet of Medical Things)」と呼ばれている。

医療や介護のサービスを求める人が増え、対応する人が減る少子高齢化社会では、IoMTの積極活用が欠かせない。なるべく人手をかけないケアの仕組み、もしくは一人の医師や介護士などが、より多くの人をケアする仕組みが必要になる。このためには、AIやロボットなどの技術を駆使して、専門職の知見やスキルをシステム化する必要がある。

IoMTに関連した市場は確実に成長するとみられている。アメリカのコンサルティング会社であるFrost & Sullivan によれば、IoMTに関連した機器やサービスの世界市場規模は、2016年に225億ドルだったという。これが、2021年には約3.2倍の720億2000万ドルまで拡大すると予測している。

日本の医療分野でのIoT関連市場は、世界市場に比べると成長の時期が遅れ、成長のペースも緩やかである。それでも富士経済の予測によると、2025年には2016年の2.2倍に当たる1685億円となるとみられている(図5)。ただし、この予測では、Apple Watchのような一般消費者がヘルスケア用途に広く使用するウェアラブル機器の市場や、それに付随するサービスの市場はカウントされていない。実際には、はるかに大きな市場を形成する可能性があるだろう。

[図5]日本での医療分野でのIoT関連の市場
出典:富士経済
日本での医療分野でのIoT関連の市場

スマートウォッチの計測データから新型コロナの発症を予測

Apple Watch以外にも、ウェアラブル機器などを活用して、医療にイノベーションを起こそうとしている事例はたくさんある。ここで、いくつか紹介したい。

東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)は、医薬品の研究開発にウェアラブル端末を活用するための共同研究を開始した(図6)。ウェアラブル端末で収集した生活習慣データと、MRI画像やゲノム情報など専門性の高い医療データの関連性を調べ、新たな医薬品や医療技術の開発に利用する試みである。この研究ではアメリカのFitbitのウェアラブル端末を利用する。これまで生活習慣に関連した研究では、調査票を配布し、睡眠や活動習慣などのデータを集めていた。しかし、個々人の主観に基づいた回答が多く、客観的・定量的な研究を実施するうえで限界があった。そこで、ウェアラブル端末を活用して客観的な情報収集を可能にしたのである。

[図6]ウェアラブル機器を活用した医療のイノベーションが広がる
東北大学東北メディカル・バンク機構が実施している生活習慣を考慮した医薬品や医療技術の開発(左)、Stanford大学が進めるウエアラブル機器で得た生体情報からの新型コロナの発症予測の研究(右)
出典:東北大学東北メディカル・バンク機構(左)、Stanford大学(右)
東北大学東北メディカル・バンク機構が実施している生活習慣を考慮した医薬品や医療技術の開発 Stanford大学が進めるウエアラブル機器で得た生体情報からの新型コロナの発症予測の研究

ウェアラブル端末を活用して、新型コロナウイルス感染症の発症を予測しようとする試みがアメリカで進められている。AppleやGarmin、Fitbitなどウェアラブル機器を発売している多くのメーカーが、大学と共同で研究に取り組んでいる。スタンフォード大学と共同で、研究の参加者約10万人の生体情報を収集し、その中から新型コロナに感染した1000人以上を対象に問診を実施。利用者の心拍や睡眠時の呼吸の様子などを同時に解析して、症状を予測するアルゴリズムを開発した。このアルゴリズムを活用すれば、発熱など症状が出る2日前に感染した可能性を警告できるという。

新型コロナウイルス感染症の患者のフォローに、ウェアラブル機器を活用する試みもある。金沢大学は、新型コロナ患者が重症化する状態を定量化し、症状に合った治療や対応のフォローに役立てようとしている。PCR検査で陽性と診断された30人の患者に、Fitbitのウェアラブル機器を1カ月間装着してもらい、病状とウェアラブル端末のデータを解析。言葉では伝えられない、重症化に至る複雑な条件を客観的に判定する方法を探っている。

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