No.025 特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

No.025

特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

連載01

ダウンサイジングが進む社会システムの新潮流

Series Report

より多様な生体情報を収集できるウェアラブル技術が進む

ウェアラブル機器で収集できる生体情報の種類は、必要な情報を検知するセンサーをいかに小型化できるかによって決まる。ただし、この分野の技術革新は著しい。

例えば、心の状態を検知する生体情報をセンシングするための技術開発が進んでいる。Fitbitは、皮膚電気活動(EDA)センサーを活用してストレス管理が可能なスマートウォッチ「Fitbit Sense」を発売した。ストレスによる身体的負担は、時間の経過とともに、放っておくと高血圧、心臓病、肥満、糖尿病、そして、不安やうつ病といった精神疾患にかかるリスクを高める。デバイスの表面に手のひらを乗せると皮膚の発汗量の些細な電気量の変化を感知する。

一方、音声から喜怒哀楽や気分の浮き沈みを判定するAIを開発するEmpath*1は、オンライン会議での発言者の声色から心の不調のサインを可視化するシステムを開発している。音の高低やスピード、抑揚などの複数の特徴量を数万人の音声データベースを基に解析することで喜怒哀楽と気分の浮き沈みをリアルタイムに判定する。新型コロナで、リモート環境でのメンタルヘルスの維持は喫緊の課題となっている。これからは、こうした技術のニーズが高まることだろう。

オムロン ヘルスケアは、正確な計測が可能な腕時計型ウェアラブル血圧計「HeartGuide」を開発し、発売した(図7)。血圧は、健康診断などでは必ず測定する極めて基本的な生体情報である。しかし、これまでスマートウォッチのようなウェアラブル機器で血圧を正確に測定することは難しかった。正確な測定を行うためには、空気圧で手首の動脈を圧迫し、その後、圧力を下げた際の脈拍の変化を計測する必要があるからだ。この空気で圧迫する機構を小型するのが困難だった。同社は、空気を圧迫するカフと呼ばれる機構の構造と配置を工夫し、小型化に成功した。これによって、日常生活の中で血圧変動に応じた治療薬の投薬が可能になる可能性がある。

[図7]腕時計型の血圧計
出典:オムロン ヘルスケア
腕時計型の血圧計

医療・ヘルスケアのイノベーションに向けて解決すべき3つの課題

ここまで、医療やヘルスケアのあり方を一変させるようなイノベーションが起きつつあることを紹介してきた。しかし、より多くの人々が高度な医療やヘルスケアのサービスを手軽に利用できるようにするためには、解決しておくべく課題が大きく3つある。「プライバシー保護とセキュリティの確保」「安全性と信頼性の確保」「医療関係の法規制の緩和」である。

生体情報や医療情報は、秘匿性の高い個人情報である。中には、患者個人の生命や財産に関わることも多く含まれている。このため、サイバー攻撃により情報漏えいや検査数値の改ざんが行われると、甚大な被害が発生する可能性がある。場合によっては、医療事故に結びつくことさえある。また、ウェアラブル機器は常に身に着けて使用するため、破損のリスクが高い。また、センサー部分などは極めて精緻な構造である場合が多く、使用法次第では故障が頻繁に発生する可能性がある。

これら「プライバシー保護とセキュリティの確保」や「安全性と信頼性の確保」の課題に関しては、命を預かる情報機器として進化している自動運転車などに向けた技術を応用できる可能性がある。サイバー攻撃に対して強いシステムアーキテクチャーや、何らかの理由で故障や不具合が起きても機能が喪失することがない機能安全を備えたシステム開発手法が確立されつつある。これらは、医療・ヘルスケア向けのウェアラブル機器でも活用されることになるだろう。

医療関係の法規制の課題とは、医療用に使える精度の機器を市場投入するには、薬事法に基づく手続きを踏んで、エビデンスを揃え、認可を受ける必要があることを指す。例えば、先に挙げたApple Watchの心電図を計測する機能は、日本での認可が降りていないため、日本市場では利用できない。

ただし、日本では、電子技術やICTを活用した医療のイノベーションに対する規制緩和が急激に進む可能性が出てきている。その先駆けとして、2018年、医療機関での診療報酬の算定手法が改定され、通信を介した遠隔医療の一部を行うことができるようになった。さらに、医療情報システムの安全管理に関するガイドラインの整備も進められている。加えて、行政や産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に向けて2021年に発足する見込みのデジタル庁では、医療分野は中心的な取り組み対象となる。これからの展開に期待したい。

次回は、自動運転技術の進歩に端を発する「働くクルマのダウンサイジング」による物流や農業、建設など様々な分野で起きる可能性があるイノベーションについて解説する。

[ 脚注 ]

*1
Empath CEO下地 貴明氏に今号のCROSS Talkに登場いただいております。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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