No.025 特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

No.025

特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

連載02

アスリートを守り、より公平な判定を下すスポーツテクノロジー

Series Report

プロスポーツからアマチュアスポーツへ

写真:photoAC

スポーツテクノロジーの手法の応用範囲は、プロスポーツを始めとするトップアスリートの強化だけにとどまらない。大学のアスリート教育に当てはめることも可能だ。一般的な大学生アスリートは部活動としてスポーツを行っており、社会人になればアスリートをやめていくケースが多い。彼らに対しデータサイエンスの基礎知識を養うためにスポーツテクノロジーの手法を使えないだろうか。統計学を学ぶ場合でも自分の身体に当てはめて学ぶと理解しやすくなる。

一般の高校の部活動にも取り入れられる可能性がある。例えば50メートルを単純に走ってデータをとると、自分のトップスピードがどの程度かわかる。しかしラグビーの試合ではトップスピードで走ることはほとんどない。ボールを持った瞬間、相手の動きが気になり、次の動作のことを考えるからだ。試合でGPSを選手に取りつければ、どのように動いたのか自分の行動を可視化できる。そこで、トップスピードを出すためにどうすればよいのかをみんなで考えてみる。さらにその加速回数を増やすためにどうすべきかへ、つなげるのだ。

One Tap Sportsは、クラウドベースでデータを管理・分析しており、トップアスリートで集めたデータを活用できれば、部活動を担当する教師の役に立つことができる。中学・高校によっては、一人で3〜4の部活動を兼務しているところがあるようだ。教師といってもスポーツの素人であることも多く、生徒たちをケガから守ることができない人も多い。このような場合にデータを活用できれば、生徒をケガから防ぐことができるようになる。

日本と海外を比べると、やはり海外の方が進んでいるという。特に、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、オランダ、ドイツ、イタリア、スペインなどが進んでいるようだ。データをとるためには、人体の脈拍や体温、心拍数などを測定する生体センサーや、シューズやラケットなどの道具に着けるセンサー、あるいは外部から画像を取り込むイメージセンサー、選手の手足の動きを知るためのモーションセンサーなどが必要だが、これらのセンサーを製造するメーカーを海外勢は持っている。

取得したデータをため、管理するAMS(Athlete Management System)では、オーストラリアやアメリカ、カナダ、イギリス、アイルランドなどに企業が根づいている。オーストラリアのFair Play AMS社は創業24年目を迎える。カナダのAthlete Monitoring社も創業17年の歴史を持つ。

海外の先行例

海外でアスリートにスポーツテクノロジーを適用した例として、AI(人工知能)を使ってデータを分析する手法がある(参考資料1)。

IBMは自社のAIマシンであるWatsonを利用してスポーツの解析を行っている(参考資料2)。スポーツ解析専門のチームIBM jStartが、自転車競技女子パシュートの強化にIoTデバイスでデータを集め、Watsonで分析している。自転車にパワーメーター、選手に心拍計とウェアラブル型の血中酸素濃度センサーを取りつけ、選手のポケットにスマホなどのモバイルデバイスを通して、データをWatson IoTプラットフォームに送信する。そのデータは数秒後にコーチのiPadに届き、酸素欠乏などの状態を知らせることができる。もちろん、ラップの時間や温度・湿度・気圧・風速・風向きなどの環境データもパワーメーターで収集する。予測モデルも提供し、選手の不具合を予測することもできる。

イギリスでは2012年のロンドンオリンピックを目指したプロジェクトが、その前から動いていた。ロンドンのインペリアルカレッジ(Imperial College London)は、スポーツを科学的に解析し理想な体を作り、金メダルを量産するという目標を掲げて、バイオセンサーを開発、解析するチームとも連動していた。汗や血液、唾液などの体液の量のバイオマーカーの変化と身体能力や回復の程度などから、最適なウォーミングアップ方法や、短時間の回復方法を見つけようとしていたのである(参考資料3)。

この大学内には、ITからエレクトロニクス、医学生理学科など、デバイスからコンピュータアーキテクチャ、独自OSを始めとするソフトウエア、モデリングと数値計算、生化学、物性材料など、スポーツテクノロジーを開発するために必要なリソースが揃っている。ここで、センサー信号と身体能力との相関関係、統計的データ処理、モデリング、身体能力を増すための器具の調整などを行っていた。

スポーツテクノロジーは軍隊やビジネスにも展開

写真:photoAC

海外でスポーツテクノロジーがビジネスとして盛んになっていることは、そのビジネス規模が大きく違うことからもわかる。アメリカのスポーツ産業は約50兆円規模に膨らんでおり、日本はその1/10の5兆円にとどまっている。アメリカは日本よりGDPが3倍大きいことから、日本のスポーツ庁はビジネス規模を15兆円にしようと目標を掲げているが、まだ実現への道筋はたっていないようだ。

加えて、海外、特にアメリカやイギリス、オーストラリアでスポーツテクノロジーが盛んな理由は防衛予算からも出ているからだという。スポーツのトレーニング方法と兵士の管理手法とは似ており、動体視力や、ハンド・アイ・コーディネーションという、見てすぐに反応する能力、あるいは正しく回避する能力など共通する能力も多い。スポーツ選手のケガも兵士の腰やひざの故障とも共通する。そこでアメリカの国防総省傘下のDARPA(高度研究計画局)がスポーツテクノロジーのベンチャー企業に投資している。

スポーツテクノロジーはスポーツの改善だけにとどまらない。消費者やビジネスマンの睡眠の質を上げることにも通じると言われている。例えば外科医が手術するときにどの程度の睡眠でどの程度の効率を維持できるか、その閾値はどこか、などのデータが求められている。

この技術は、これからの高齢化社会への切り札にもなりうる。医療費高騰の最大の問題は、寝たきり高齢者であると言われている。高齢になってからの転倒で、ひざ関節や、足の骨などが劣化すると寝たきりになってしまう危険が高い。寝たきり高齢者を減らすためには、骨量、筋量のアップによって骨関係の病気を回避することが重要になってくる。

さらにスポーツテクノロジーで使ってきたHRV(Heart Rate Variability: 心拍変動)は心臓疾患の検出や熱中症予防にも使われている。熱中症対策は、学校でのイベントや工事現場、倉庫での作業などでも必要になり、需要は大きい。HRVによるセンシングは日々の眠気対策にもなるという。

スポーツテクノロジーがスポーツからビジネスや教育の世界にも広がっていく流れについては、今後とも注視したい。連載の最終回では、判定をもっと公平に行うためのテクノロジーについて紹介する。

[ 参考資料 ]

1.
How Is Machine Learning Changing Sport? Innovation Enterprise
https://channels.theinnovationenterprise.com/articles/games-by-numbers-machine-learning-is-changing-sport
2.
USA Cycling brings IoT data and analytics to the track
https://www.ibm.com/blogs/internet-of-things/usa-cycling-data/
3.
システムと一体化する第2世代のセンサ技術(2)-オリンピックに生かす英国
https://www.semiconportal.com/archive/editorial/technology/design/120222-sport.html

Writer

津田 建二(つだ けんじ)

国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト

現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。

半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「メガトレンド 半導体2014-2025」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)などがある。

http://newsandchips.com/

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