連載02
アスリートを守り、より公平な判定を下すスポーツテクノロジー
Series Report
ビデオ判定は審判員が下す
一方、ビデオ判定についてはビデオ審判員(VAR:Video Assistant Referee)が判断を下す。例えば、ラグビーやサッカーの試合では、いろいろな角度から撮った複数の映像をビデオルームで審査員が常に見ていて、何かあると必要な画面をすぐに再生して確認する。ビデオ審判員はスロー再生やズームアップなどを駆使しながら判定を下す。2018年に開催されたロシアのFIFAワールドカップではビデオ審査員が12〜13人程度おり、しかも全員モスクワにいて、12会場から光ファイバーを通じて、送られてくるビデオを見て判定を下していたという。
VARは、判定を助けることが仕事である。判定への影響という面で、VARは時間がかかるとか、流れを止めるといった意見はあるが、VARによってプレイの質は確実に上がったという。シミュレーション行為は、ロシアワールドカップの前年と比べ2018年は43.7%も減少したという。レッドカードもロシアワールドカップでは4枚にとどまった。これまでの大会では2桁はあったから、プレイの質は劇的に改善したといえる。
競技中の危険なプレイに対しては、審判ではなく医師が第一処置として、このシステムを使うことがある。ラグビーで脳震盪を起こした場合、選手は大丈夫と言うが、当たった場所が顎なのかこめかみなのか適切に処置するために医師が必ず診る。HIA(Head Injury Assessment)の診断にも活用するという訳だ。
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技術の更なる改良が精度を上げる
ビデオ判定が正確にできるようになったのは、テクノロジーの進歩によるところが大きい。ズームインしてボールを判別できるように拡大して、1秒間に30枚の画像をスタジアムのコンピュータに送り(通常のテレビ画像では1秒間に30フレーム*1の画像を映す)、そのコンピュータ内で画像をつなぎ合わせていく。例えば正面の視点から右に少しずつ回りながら反対側のカメラで見た画像へと切り替えてつなぎ合わせていく。そして180度向こうから、そのまま回転し元の正面の位置まで戻ってくる。これが合成である。
合成した映像からグラフィックス画像を描き、テニスのチャレンジのようにライン上のボールの動きを示す技術は、駐車する時のサラウンドビュー技術と同じだ。さまざまな角度の映像を少しずつ動かす場合は映像を合成表示するが、視点を変える場合はサラウンドビューのように上から見ているかのように座標変換してグラフィックスでクルマを表示している。ボールの時間変化の映像を少しずつだぶらせながらボールの軌跡をラインと重ねていくが、周囲の映像は処理時間を長くするため省きボールをグラフィックスで描けば短時間で表示できる。
スタジアムのような大きな映像の品質は通常のHD(High Definition)ではなく4Kあるいは8Kという高精細な映像を送ることになるが、これには光ファイバーを利用して高速のビットレートでコンピュータに送る。コンピュータ内では映像をつなぎ合わせると時間がかかりすぎるため、ボールのグラフィックスを描き映像と重ねることになる。もちろんこれだけでも大変な計算量となるため、高速コンピュータが必要となる。
加えて、判定に使えるようにフレームレート(1秒間に描く画像フレーム数)を120フレーム/秒、あるいはもっと高速の240フレーム/秒に上げると、要求される演算スピードは極めて速くなるため、ハイエンドのCPUが必要となる。このため、アメリカのハイエンドCPUメーカーのIntel社は、この360度システム「True View」をCPUの応用例として作り上げている。採用実績はまだ少ないとしている。
ハードウエアだけではなく、ソフトウエアのアルゴリズムでもグラフィックスで表示するのに周囲の映像を消す、ボールだけ単純なグラフィックスで表現する、といった計算負荷を軽くするアルゴリズムが使われる。
ビデオ判定では、今のところ審判員が判定を下すが、AIを使ってフェアプレイを明確に定義すれば、AIが判定することが可能になる。何がフェアプレイなのかを定義し学習させるための技術を開発する必要があるが、AIによる判定だと、ほぼリアルタイムで結果を出せるため、テニスのチャレンジで待たされることもなくなるだろう。
教育用にもテクノロジーを採用へ
これまで述べてきたような判定システムは、中学・高校など部活やスポーツ教育にも適用する事例が出てきているという。公平な判定とスポーツマンシップの精神は、サッカーでのシミュレーション行為を減らし、子供たちのスポーツへの取り組みを健全なものへと導くことになるはずだ。また、この連載を通して紹介したシステムは、ケガを防ぐという効果が高いため、スポーツジムや青少年の健全なスポーツ育成にも使われていくことになるだろう。
[ 脚注 ]
- *1
- フィルム映画では24フレーム/秒の速度だが、テレビは30フレーム/秒の速度で動画として見せている。1フレームとは1枚の画像を意味する。静止画を1秒間に連続的に24枚、あるいは30枚見せることで動画としている。
[ 参考資料 ]
- 1.
- ソニーが「スポーツテック」で天下を取れるワケ、子会社ホークアイは何がヤバいのか?(2018/8/6)
https://www.sbbit.jp/article/cont1/35246
- 2.
- プロテニスの大会でお馴染み 審判の世界を変えたホークアイ技術の舞台裏、Time &Space、2015/5/26
https://time-space.kddi.com/digicul-column/world/20150526/
Writer
津田 建二(つだ けんじ)
国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト
現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。
半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「メガトレンド 半導体2014-2025」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)などがある。