No.016 特集:宇宙ビジネス百花繚乱

No.016

特集:宇宙ビジネス百花繚乱

Cross Talkクロストーク

人類が他の天体を汚染する可能性

井田 茂氏

井田 ── これから「生命とは何か」とか「どれぐらいの生命が他の場所にいるのか」を議論するためには、火星の地下にいるかもしれない微生物が重要な役割を果たします。しかし、有人探査によって人為的な影響を大きく与えてしまうと、火星の環境を「汚染」してしまう可能性があるのです。

一例を挙げると、人間が火星に降り立ったとします。人間の体内には腸内細菌など、ものすごい数のバクテリアがいますよね。微生物はなかなか死なないので、これが火星環境にバッと広がっていったら、それこそ外来種の侵入となり、元々いるかもしれないネイティブの火星の生物を駆逐してしまう可能性がある。

地球生物とは異なる系統の生物を発見することは私たち科学者が直面している課題ですが、それがひいては「生命とは何か」「この宇宙にどれぐらいほかに生物がいるのか」ということにつながるわけですから、人類全体にとって重要な話です。このように、他の天体に人が行くというのは、それまであったものを台無しにしてしまう可能性があるので、やはり十分に議論を尽くした上でやってほしいという要望はあります。

黒田 ── そうした観点があることは初めて聞きましたが、確かにその通りですね。

── 有人探査に制限を設ける国際的な枠組みなどは、まだないのでしょうか。

井田 ── 今まさに議論しているところですが、すでに「宇宙免疫学」というような議論もあります。地球外から何かが飛んできたらどう対応すべきかということも考えますが、どちらかというと人類がこれから宇宙へ進出していく際に、他の惑星を汚染してしまう可能性について考える議論です。

人が行かなかったとしても、地球から発射された無人の探査機に何か付着しているかもしれません。それを宇宙に置いてきてしまわないようにするには、どうしたらいいのかといった議論が行われています。

黒田 ── 火星にはもう無人探査機が何度も着陸していますよね。

木星の第二衛星エウロパ
木星の第二衛星エウロパ
表面を覆う厚い氷の下に広がる海に生命が存在する可能性が指摘されている
NASA/JPL/Processed by Kevin M. Gill
土星の第二衛星エンケラドゥス
土星の第二衛星エンケラドゥス
土星探査機「カッシーニ」による観測で表面を覆う氷の下に広がる海が星全体に広がっていることが判明、エウロパと同様に生命が存在する可能性を持っている。画像は氷の割れ目から海の水が吹き出しているところを探査機カッシーニが通過しているようすをイメージしたもの。
©ZUMA Press/amanaimages

井田 ── そうなんです。火星はもう手遅れなのかもしれませんが、他にも木星の衛星のエウロパとか、土星の衛星のエンケラドゥスなど、生物がいるかもしれないとされている天体へ探査機を送るときには、十分な議論を尽くしてほしいと思います。

土星に接近するカッシーニ
土星に接近するカッシーニのイメージイラスト
1997年10月15日にケープカナベラルから発射されたNASAの土星探査機カッシーニは、調査によって生命存在の可能性が指摘された土星の2つの衛星「タイタン」「エンケラドゥス」への将来的な衝突による汚染を避けるため、2017年9月15日に最後のミッション「グランドフィナーレ」で土星の大気圏に突入して燃え尽きた。
©Stocktrek Images /amanaimages

私たちの祖先は火星生まれだった!?

クマムシの電子顕微鏡画像
名前にムシとつくが、昆虫ではない。体長1mm以下で8本の足を持つ緩歩動物の一種。過酷な環境下では体内の水分を極限まで減らす「乾眠状態」になる。この状態になると絶対0度(-273℃)近い低温や真空状態、人間の到死量の1000倍以上の放射線にも耐えられる。
©STEVE GSCHMEISSNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY /amanaimages
クマムシの電子顕微鏡画像

黒田 ── 宇宙空間は生命を維持するには過酷なので、微生物が付着していても死んでしまうことが多いのではと想像するんですが、例えばクマムシのように宇宙環境でも生き残れる微生物が地球には多いのでしょうか?

井田 ── 微生物になればなるほど耐性も強くなりますし、単細胞生物などの原始的な生物は構造がシンプルなだけに死ににくくなります。もちろん物理的につぶしたら死にますけども、何事もなければ無限に生きていられるものも多く、宇宙に出たくらいで死なないものは多いと思います。寿命というものがあって、放っておけば死んでしまうというのは高等生物だけですよね。

つまり「死」という概念を手に入れたのは、生物が進化したからです。単純な微生物というのはいろいろな耐性を持っているものがいて、どんどん繁殖していく。しかも、簡単に遺伝子を変化させて環境に適応していっちゃうんですね。だから、小さくとも侮れません。

黒田 ── なるほど、確かにそうです。

井田 ── そういった議論はいろいろあります。この地球の生命は、そもそも火星で生まれたものが飛んできたんじゃないかという議論もあるぐらいで。

黒田 ── 私たちの祖先は、火星生まれなんですか!

井田 ── もちろん、ひとつの仮説ですが。生命が生まれるために適した条件を探るのは難しいですけれども、昔は海があったと見られる火星は、過去には地球よりも恵まれた環境だったという説があるんです。そこで生まれた微生物、もしくは生命をつくり出す「素」になるようなものが岩石などに潜っている間に、別の小天体がぶつかってきて、破片と一緒に地球へ飛んできたのではないかと。

実際に、南極などでは火星から飛んできた隕石がいくつも発見されているんです。コンピュータシミュレーションによれば、隕石が燃え盛りながら落ちたとしても、中心部はそれほど温度が上がらないという結果が出ています。

黒田 ── 驚きました。どこかで「昆虫は宇宙からやってきた生物だ」みたいな説を耳にしたことはありましたけど。

井田 ── それはきっと、昆虫に放射線耐性があったり、形がユニークだったりすることから生まれた説なのでしょう。しかし、昆虫は地球で進化した、われわれと祖先を同じくする生物です。DNAや体をつくっているアミノ酸の種類も、私たちと一緒ですから。

黒田 ── そうなんですね。その説はどうもオカルトっぽいなと感じていたので安心しました。

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