No.016 特集:宇宙ビジネス百花繚乱

No.016

特集:宇宙ビジネス百花繚乱

Cross Talkクロストーク

黒田 有彩氏

科学と文化芸術が融合する宇宙の魅力

── ところで、お二人はどういう子供時代を過ごしていたのでしょう。宇宙に関わる仕事を志したエピソードなどを聞かせていただけますか。

黒田 ── 私自身は小さい頃から「何で? 何で?」と身の回りのいろんなことがすごく不思議だったんです。例えば「この木の机の木目が少しずつ違うのはなぜだろう?」とか「お父さんの声が低くて、お母さんの声が高いのはどうしてなんだろう?」といったことに疑問を持って。その疑問を解決してくれたのが科学でした。

小学校のときは「好きな科目は、体育と音楽と理科!」と答えるくらいに、科学を五感で感じるものとして捉えていたんです。中学になって科学に関する作文コンクールに応募して賞をいただき、その副賞がNASAに連れて行ってもらえる旅だったんですね。

井田 ── NASAの施設もたくさんありますが、どこでしたか?

黒田 ── アラバマ州のマーシャル宇宙飛行センター*3です。そこで大きなロケットの模型や「人類がどう宇宙に挑んできたのか」という宇宙探査の歴史などを見ました。中学生の多感な時期だったので、「宇宙に行きたい。宇宙に関わる仕事をしたい!」とそのときに思って。

井田 ── それは非常に良い経験でしたね。私はカリフォルニア州のエイムズ研究センター*4の方に何度か行っているのですが、どうもNASAの印象は「工場みたいなところだなぁ」というものですから。

黒田 ── 私はラッキーだったんですね。帰国してからは、宇宙がますます好きになっていきました。宇宙を知るには物理学が必要だと聞いて、大学でも物理学科を選んだという流れです。

その一方で、幼い頃からの経験も影響しています。女の子は特に占いが好きだと思うのですが、私も星占いが好きでした。それで星座の本をたくさん読んだり、ギリシャ神話の女神様がすごくかわいく描かれている本に触れたりしました。宇宙というのは、サイエンスと昔から人々が伝えてきた物語とが合わさっているところがあって、そういう面にも惹かれました。自分が仕事を通じて伝えていきたいと思うものも、そうした科学と文化芸術を融合させた宇宙観なんです。

物理学が二人にもたらした気づき

井田 ── 科学者になる人には、2つのタイプがあると思っています。1つは、黒田さんのように身の回りの不思議を解明しようと物事を観察しているうちに、自然現象に興味を引かれて入っていくタイプ。

もう1つは、天文や物理に結構いるんですが、観察や実験には全く興味がないというタイプです。天文学者であっても「星なんか見たことない」という人は意外と多いんですよ。

黒田 ── それは意外ですね。2つ目のタイプの科学者は理論を研究するのですか?

井田 ── そうです。その人たちは、「この世界はいったい何なのか」という“宇宙の秘密”を知りたくて知りたくてしょうがないんです。だから、部屋にこもって本ばかり読んでいるんですね。「この宇宙はどうなっているのか」「どういう仕組みがあるのか」「どういう法則性が支配しているのか」と、そういったことを解明したくてたまらない。私はそちらのタイプだったので、大学時代は実験の授業にまるで興味が湧きませんでした。

黒田 ── むしろ哲学科に進もうとは思わなかったのですか?

井田 ── 高校生のときに、“宇宙の秘密”に近づくための手立てをいろいろ探ろうとしたんですが、哲学書には何が書いてあるかさっぱり分からなかったというのが正直なところで。それに対して、授業で習っていた物理などは、学ぶにつれて“宇宙の秘密”に近づいている気になれたというのがありました。

私が高校生だった頃は、益川敏英さん*5とか、小林誠さん*6とか、南部陽一郎さん*7とか、ノーベル物理学賞を獲った人たちがバリバリやっていた時代でした。そんなとき、ある参考書で「素粒子物理学*8が宇宙に切り込んでいき、宇宙の始まりを解明しようとしているのだ」という解説文を読んだんです。それを書いたのが京都大学の先生だったので、「よし、俺も京大の物理に行く!」と決めました。

ところがいざ大学に入ったら、当時の京大は「授業なんか出てこないで勉強しとれ」と先生たちが公言するようなところだったので、サークルにも入らないで下宿に引きこもり、物理の理論的なことばかりをひたすら勉強していました。そうしてどんどん内にこもっていったことで、逆にいろんなことが分かるようになり、宇宙とつながれたという感じになったことは鮮明に覚えていますね。

黒田 ── 私は宇宙のことを知りたいから物理をやっていただけで、決して物理が得意ではなかったんです。高校生のときは実験もないので、ひたすら目の前の問題を解いていく作業でした。点と点が散らばっているだけで、それらをつなげる力が自分の中になかったんですよね。

でも、大学で物理学というものと向き合って、「リンゴが地面に落ちてくる」現象と「地球が太陽の周りを回っている」現象が、全く同じ方程式で表されるということがワッと腑に落ちた瞬間に、「これが宇宙なんだ」と思いました。それまで問題を解いていただけだったのが、ようやく実感を伴ったんですね。宇宙がいかにシンプルにできているか、そして、いかにその宇宙が美しいかということを、物理を通して知ったんです。

一見、別々に見えるようなものが実は同じであるという気づきは、大学に入って物理と向き合ったからこそ得られたことでした。それは学問の話だけではなくて、自分と違う人種や、異なる文化と対峙したときにも、「何か共通項があるかもしれない」と考える心を持てるようになったんですね。

自分の知らないものが、まだまだ自分の外側にある。自分の宇宙を広げることで知らないことが分かり、さらに「知らないことがあること」を知る。そうすれば人は謙虚になるし、他の人にも優しくなれる。私はそれを物理という学問に教えられたと思っています。

[ 脚注 ]

*3
マーシャル宇宙飛行センター: 米アラバマ州ハンツビルにあるNASA(アメリカ航空宇宙局)の施設。1960年代設立。宇宙機乗組員の訓練、ISS(国際宇宙ステーション)の設計および機器の運営、コンピューター・ネットワーク・情報などの管理を行う中心機関となっている。
hhttps://www.nasa.gov/centers/marshall/
*4
エイムズ研究センター: 米カリフォルニア州サニーベールにあるNASAの施設。1939年の設立以来、宇宙分野の研究開発の中核を担ってきた。現在はナノテクノロジー、情報技術、宇宙生物学、人間工学、熱保護システム、ヒューマン・ファクター研究に注力している。
https://www.nasa.gov/ames/
*5
益川敏英(1940 ─ ): 日本の理論物理学者。専門は素粒子理論。元京都大学基礎物理学研究所所長、京都大学名誉教授、京都産業大学理学部教授。1973年に小林 誠と発表した「小林・益川理論」(クォークが自然界に少なくとも三世代以上あることを予言)の正しさが確かめられ、2008年にノーベル物理学賞を受賞。
*6
小林 誠(1944 ─ ): 日本の理論物理学者。専門は素粒子理論。元高エネルギー加速器研究機構原子核研究所所長、名古屋大学特別教授。「小林・益川理論」の功績により2008年にノーベル物理学賞を受賞。
*7
南部陽一郎(1921 ─ 2015): 日本出身、米国籍の理論物理学者。専門は素粒子理論。1960年代に行った「自発的対称性の破れ」の先駆的な研究が認められ、2008年にノーベル物理学賞を受賞。
*8
素粒子物理学: 素粒子(物質の最も基本的な構成要素)と、その運動法則を研究対象とする物理学の一分野。なかでも、高エネルギー粒子の衝突反応を観測して研究を進める「高エネルギー物理学」では大型の粒子加速器を用いる。
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