No.016 特集:宇宙ビジネス百花繚乱

No.016

特集:宇宙ビジネス百花繚乱

Expert Interviewエキスパートインタビュー

宇宙への想いを実現するための技術

── PDエアロスペースの宇宙機は「パルスデトネーションエンジン」、それも ジェットモードとロケットモードを切り替えることができるのが特徴です。原理や仕組みはどういうものなのでしょうか。

緒川 修治氏

第二次世界大戦のころに、ドイツが「パルス・ジェット・エンジン*5(PJE)」を実用化しました。エンジン内部で、間歇的に、爆発現象を起こし、ジェット噴流を発生するエンジンで、リード弁と燃焼室、テールパイプだけの非常に単純な構造で推力を発生させることが出来ます。また、爆発音が、ある一定周期で発生するため、作動音に特徴があります。我々の開発している「パルスデトネーションエンジン(PDE)」は、パルスジェットエンジンが源流ではありますが、異なるものです。最大の違いは、燃焼形態です。PJEの燃焼が「爆発」であるのに対して、PDEの燃焼は「爆轟(ばくごう)」です。この爆轟を英語でデトネーションと言います。

「デトネーション」は、燃焼の一形態です。「燃焼」現象は、燃える速度(正確には、火炎伝播速度)によって様相が変わります。ろうそくの炎のようにゆっくり燃えるものから、ガスバーナーのように勢いよく燃えるもの、さらにそれよりも勢いよく“一気に”燃えると「爆発」となります。

そして、爆発よりも、さらに燃焼速度が速くなり、“音速”を超えた時点で「爆轟」になります。音速を超えるか、超えないかが非常に重要で、音速を超える場合、火炎の先頭に「衝撃波」が生成されます。この衝撃波が未燃ガスに圧縮と温度上昇作用をもたらし、燃焼の効率を引き上げます。「一気に燃える」ことは、「短時間にエネルギーを放出させることが可能である」ことを意味し、大きなパワーを出すことを可能にします。これを推進装置に応用したものが、「パルスデトネーションエンジン」です。

ジェットエンジンも、ロケットエンジンも、燃焼現象を利用している点では変わりません。燃焼に用いる「酸素」を大気中の“空気”から得るか、自機に搭載している“酸化剤*6”を用いるかが違います。この違いは、エンジン構造に大きな違いをもたらし、両者は全く別物でしか存在できませんでした。しかし、単純な筒構造しか持たないPDEは、相容れない両者の同居を可能にします。空気を取り込んで作動させる「ジェット燃焼モード」と、搭載した酸化剤を用いて作動させる「ロケット燃焼モード」を、燃焼室への酸化剤の投入ルートを“切り替える”ことで実現させました。

[図1] PDエアロスペース社で開発中の燃焼モード切り替え型エンジンのしくみ
ジェット燃焼モードと、ロケット燃焼モードの切り替え可能なエンジンは、宇宙機のシステムを簡素に出来るため、宇宙輸送の大幅なコスト低減が可能となる。
CREDIT: PDエアロスペース
PDエアロスペース社で開発中の燃焼モード切り替え型エンジンのしくみ

── 7月に、パルスデトネーションエンジンの「ジェット/ロケット燃焼モード切り替え」実験に成功されたそうですが、このモードを切り替える、というアイディアはどのように生まれたのでしょうか。

大学院時代、スクラムジェットエンジンの燃焼に関する研究していました。スクラムジェットエンジンは作動中に「強燃焼と弱燃焼」という現象が発生します。この言葉が頭に残りました。

そんな中、実家に帰ったある日、自宅に貼っていたパルスジェットエンジンの構造図が目に留まり、何気なく見ていた時、ふと「空気を吸っている時はジェットエンジンだけど、爆発した瞬間は、内圧が高まって噴出するだけだから、ロケットエンジンと同じだ。パルスジェットエンジンは、ある瞬間はロケットエンジンだ」と思いました。

スクラムジェットエンジンの「強燃焼と弱燃焼」の2つのモードと、パルスジェットエンジンのある瞬間だけ、ロケットエンジンのように振る舞う、という考えが重なり、「パルス燃焼方式だと、酸化剤の導入方法を工夫すれば、ジェット燃焼とロケット燃焼を一つのエンジンで実現できるかも知れない」との考えに至りました。これが、発想のスタートです。

── 燃焼モード切り替えの難しさはどんなところにあるのでしょうか。

実証することは、実はそんなに難しいものではありません。空気と酸素のラインを切り替えるだけですから。

難しいのは実証することではなく、実用化レベルに引き上げることです。大型化や長時間化、この時の作動安定性、信頼性、耐久性など、取り組むべき技術課題が山のようにあります。これらを超短期間で、しかも少ない予算、少ない人員、粗末な計測装置、制限された環境で、求める性能を達成させることが、難しいのです。

当然ながら、イメージ通りにはいかないことだらけなので、原因究明をして、新たな工夫を施し、シンプルな形で問題解決を行わなければなりません。この辺りの精神力や粘り強さを維持することが、別の意味で「難しい」点です。

緒川社長が開発したパルスデトネーションエンジン
パルスデトネーションエンジン
[動画1] 筑波大学で行われたパルスデトネーションエンジンの推力測定試験

── 他の宇宙企業では、ロケットエンジンのみで飛ぶ宇宙船や、ジェット機とロケットで機体を分け、空中で分離させて飛ぶものが開発されています。御社の、モード切り替えが可能な機体だからこそ実現する点には、どんなものがあるのでしょうか。

大きくは、次の2つのことが同時に実現できます。「コスト低減」と「安全性向上」です。

コスト低減については以下の4項目が挙げられます。

  • ①機体システムが一つであるため、製造コストのほか、パイロット、整備員、整備機材、補用品などを一つに集約できるため、運用コストを削減できる。
  • ②エンジン自体の構造が簡素なので、部品点数が減り、ここでも、製造コスト、整備コストを低減できる。
  • ③PDEは熱効率が高い。つまり燃費が良いため、運用コストを低減できる。
  • ④宇宙からの帰還時、滑空ではなくジェットモードで動力飛行できるので、上空待機や、着陸速度を下げることが可能になり、既存空港を使用できる。すなわち、専用空港を保有する必要がなく、運用コストを削減できる、などです。

安全性向上については以下の3項目が挙げられます。

  • ①いつでもジェットモードに切り替えられるので、アボート (ミッション中止) ができる。
  • ②帰還時にジェットモードで飛行できるので、ダイバード (別空港へ振り替え) ができる。
  • ③帰還時にジェットモードで飛行できるので、着陸のやり直しができる、といったことです。

たとえば、ヴァージン・ギャラクティック社は、ロケットエンジンを積んだ宇宙船「スペースシップツー」を、母機であるジェット機「ホワイトナイトツー」に搭載して飛行し、高度15kmで宇宙船を分離。分離された宇宙船だけが宇宙へ飛んでいく方式を採用しています。スペースシップツーは、ロケットエンジンしか持たず、上昇時に燃料を使い切ってしまうので、帰還時は滑空飛行となります。なお、パイロットは、母機に2名、宇宙船に2名、搭乗します。

ヴァージン・ギャラクティック社の「スペースシップツー」
2つの飛行機をつなげたような形の母機「ホワイトナイトツー」の中央に搭載されているのが、宇宙旅行向けに弾道飛行するスペースプレーン「スペースシップツー」。6人の乗客と2人のパイロットの計8人乗り。
画像:©polaris/amanaimages
ヴァージン・ギャラクティック「スペースシップツー」
[図2] 高度100kmサブオービタル(弾道)宇宙飛行の飛行経路
PDエアロスペース社、ヴァージン・ギャラクティック社などの航空機スタイル(有翼型)の宇宙機では、おおよそ似た飛行経路を取る。
CREDIT: PDエアロスペース
PDエアロスペース社の宇宙旅行モデル

[ 脚注 ]

*5
パルスジェットエンジン:ジェットエンジンの一種で、エンジンにぶつかる空気抵抗の力で大気を取り入れ、燃料と混ぜて燃焼させる。エンジン内の圧力が高くなると、取り入れ口の弁が閉まり、燃焼ガスはエンジン後方から噴射、推力を得ることができる。噴射が終わるとエンジン内の圧力が下がるため、弁が開き、ふたたび大気が取り入れられる。こうした動きを間欠的に連続して繰り返すことで稼働する。ファンやタービンなどが不要で、構造が簡素という特長をもつが、燃費が悪く、騒音や振動も大きいという欠点もある。第二次世界大戦時、ドイツが実用化した「V-1」ミサイルなどで使われた。現在ではごく一部の航空機などにしか使われていない。
*6
酸化剤: 物質を酸化させる物質のこと。とくにジェットやロケットの場合、酸素や、酸素を含む物質を指す。大気中には酸素があるので、ジェットエンジンはその酸素と燃料を燃やして飛べるが、ロケットは大気のない宇宙空間を飛ぶため、機体の中に酸化剤を積んでいかなければならない。
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