No.016 特集:宇宙ビジネス百花繚乱

No.016

特集:宇宙ビジネス百花繚乱

連載02

電子機器から自由を奪う電源コードをなくせ

Series Report

産業機器への応用のメリットは大きい

ワイヤレス給電の技術が成熟したことで、その応用分野はどんどん広がりそうだ。これまでの応用は、充電用ケーブルのワイヤレス化が多かったが、ワイヤレス給電で直接機器を駆動させるといった、ワイヤレス給電でなければ実現できない応用も出てきている。

たとえば、工場の生産ラインに置く各種産業機器への給電に、ワイヤレス給電を利用する検討が進んでいる。実は、半導体チップの工場では、ウェーハ*9の搬送装置の電力供給などに、かねてからワイヤレス給電が使われていた。これまでは、送電距離が短い電磁誘導方式が主流だったが、磁界共鳴方式のような伝送距離が長く、送受電コイル間の多少の位置ずれも許容できる技術が進歩したため、工場内での利用シーンが増えている。

応用先は、バッテリー駆動機器の充電だけではなく、搬送機への常時給電など広範にわたっている(図6)。なかでもロボットアームでは、回転運動する機器の動きを妨げずに電力供給できるメリットが大きい。さらに、水分や油分が多い環境では、ワイヤレス給電の方が発火や感電の危険性が少なくなる。また、給電用の重たいケーブルがなくなることで機器の可動部が軽くなり、駆動モータの小型化や総消費電力の削減にもつながるといった利点も出てきた。

[図6] 磁界共鳴方式のワイヤレス給電で動く工場用搬送機
出典:ダイヘン
磁界共鳴方式のワイヤレス給電で動く工場用搬送機

送電する電力の大きさから見ると、産業機器向けは数十W〜1kWの範囲になり、10W前後の電力を送電するモバイル機器向けと1kW以上の電力を送電するEV向けの中間に位置する。この領域は、多くの家電製品と同じであり、産業機器向けワイヤレス給電の技術がこなれれば、家電製品の本格的な電源コード撲滅にも道が開ける可能性が高い。

道路に給電設備が埋め込まれる時代が到来か

また、ワイヤレス給電の活用を前提として、走行中のEVに給電し、走行可能距離を原理上無限にする検討も始まっている。鉄道では、電力を線路上の架線からパンタグラフを介して供給している。EVでも同様に、道路上に送電設備を埋め込み、電力を常に供給できるようにしようというわけだ。この方法では、EVのバッテリーを最小限の大きさにできるため、車体の軽量化や低コスト化にもつながる。

道路に送電設備を埋め込むと聞くと、荒唐無稽のように感じる人も多いかもしれないが、実は世界中の国々が大まじめに検討している。既に、韓国、イギリス、スペイン、イタリア、フランスなどでも道路を使った実証実験の準備が進んでいる。特にイギリスでは、走行しながら充電が可能なEV専用レーン(車線)を主要幹線道路に設ける計画を政府が発表した(図7)。日本では、東京大学や豊橋技術科学大学などが、キャンパス内にテスト道路を作って技術開発を進めている段階である。

[図7] 道路からEVに給電
出典:Highways England、東洋電機製造のニュースリリース
道路からEVに給電

ワイヤレス給電の送電設備を道路に埋め込むには、1車線あたり2億〜3億円/kmかかると試算されている。一見、実現不可能な額に思えるが、日本の高速道路の建設費用が約50億円/kmであることを考えると、意外と実現可能な額ではないだろうか。こうした取り組みによって、新しい産業が生まれることを考えると、投資価値は十分かもしれない。もし本当に実現すれば、次世代のクルマの構造は、大きく変貌することだろう。

命をつなぐ電力を体内に送る

その他に、ケーブルで給電することが困難な、医療用の体内埋め込みデバイスへの応用も進んでいる。既に、人工内耳への給電手段として実用化しているが、いずれ心臓ペースメーカーなどにも波及しそうな勢いだ。心臓ペースメーカーは電池交換のために5年に1回手術する必要がある。しかし、高齢者の場合、手術のリスクを避けて、泣く泣く電池交換を断念する場合もあるのだ。ワイヤレス給電を活用すれば、このような悲劇的状況を避けて命をつなぐことができる。

患者にとって負担の少ない、体内埋め込みデバイスの開発も進んでいる。アメリカのスタンフォード大学は、皮下数cmのところにある、受電アンテナを取り付けた直径約2mmの心臓ペースメーカーに給電できることを実証した。この技術での電力の送電効率は約0.014%と高くはない。しかし、どんなにわずかな送電でも、他の技術では替えられない価値がある。この例は、ワイヤレス給電のメリットをうまく引き出すことができれば、電子機器に新たな価値を生み出す可能性が出てくることを端的に示したといえよう。

最終回となる次回は、これまで解説してきた「電力を地産地消する技術」と「電力を無線で伝送する技術」の応用をさらに広げるために欠かせない、省電力技術と蓄電技術の開発動向について解説する。

[ 脚注 ]

*9
ウェーハ: 導体結晶の塊を薄く切り出して板状にしたもの。半導体デバイスの製造では、このウェーハに成膜、回路パターンの形成、エッチングなどを施して形成する。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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