No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

Cross Talkクロストーク

発展途上の量子コンピュータ

堀江 健志氏

── 量子コンピュータとひと口にいうものの、実は多様なタイプが開発途中だと聞きます。

齋藤 ── ドメイン指向コンピューティングの考え方に従うなら、用途によって各種のコンピュータが使い分けられるわけですね。量子コンピュータについても、量子アニーリング方式や量子ゲート方式などいろいろな技術方式があるそうですが、これらも用途によって分けられているのでしょうか。

堀江 ── そこは少し違います。そもそも量子コンピューティング技術とは、量子のふるまいを取り入れた計算技術を意味します。よく使われる説明ですが、通常のコンピュータが「0」と「1」を組み合わせて計算するのに対して、量子コンピュータでは量子特有のふるまいである、「0」と「1」のどちらでもある重ね合わせの状態を利用して計算します。この量子コンピュータを大きく分けると、イジングマシン方式と量子ゲート方式に分けられます。イジングマシン方式は、さらにいくつかの方式に細分化されます(図2)。

[図2] 量子コンピューティング技術方式の一覧
写真提供: 富士通株式会社
量子コンピューティング技術方式の一覧

齋藤 ── 確かGoogleやNASAが導入したのは、カナダのDウェーブシステムズ社(以下Dウェーブ社)が開発したD-Wave。これは量子アニーリング方式になるわけですね。

堀江 ── D-Waveは代表的な量子アニーリングマシンで、絶対零度近く(-273.15℃)まで冷やした超伝導状態*8で量子をコントロールします。Dウェーブ社の量子コンピュータは、組合せ最適化問題を解くための専用マシンです。その原理として使われているのが、東京工業大学の西森秀稔教授らが考案した「量子アニーリング(焼きなまし)」理論です。このマシンを使って特定の問題を計算させると、同じ問題を従来型のスーパーコンピュータで計算させた場合の1億倍の速度だと評判になったのです。

[図3] 従来方式とアニーリング(焼きなまし)方式の解き方の違いイメージ
写真提供: 富士通株式会社
量従来方式とアニーリング(焼きなまし)方式の解き方の違いイメージ

齋藤 ── ということは将来的に量子コンピュータは、量子アニーリングマシンに集約されていくのでしょうか。

堀江 ── それはわかりません。量子コンピュータの将来像を現時点で描くのは難しいというのが、正直なところです。我々も量子コンピュータの研究にはかなり前から取り組んでいて、その成果の一つがデジタルアニーラなのです。これは物理的な量子現象を利用するのではなく、量子現象の振る舞いに着想を得て設計したデジタル回路よって、複雑な問題を瞬時に解くものです。量子デバイスをコントロールして量子効果を生むのは容易なことではないため、実際に量子デバイスを動かしているわけではありません。

齋藤 ── それほどまでに量子コンピュータは実現が難しいと?

堀江 ── いや、決して否定しているわけではなく、いずれは量子コンピュータを普通に使える時代が来るでしょう。ただ現時点では、集積度の高まった半導体を活用したほうが、現実問題として効果が出ると考えています。スマートフォンの性能を考えてみてください。かつての巨大なスーパーコンピュータ並みの能力が、今では手のひらに収まるデバイスに搭載されているのです。既存の技術にも、伸びしろはまだ十分残されている。そう考えて我々はデジタルアニーラに取り組んでいます。

時間のスパンをどう捉えるか

── レイ・カーツワイルによれば、シンギュラリティが起こるのは2045年ですが、斎藤さんは著書*9の中で2020年代半ばぐらいに大きな変化が来るのではないかと書かれていますね。

齋藤 ── ムーアの法則に従うなら、2020年代の後半あたりに単位あたりの半導体の集積度が、人間の脳にかなり近くなるはずです。これと同時進行でデジタルアニーラが進化していき、他の量子コンピュータも実用化に入ってくると、世の中はどう変わるのでしょう。10年後ぐらいには世界が一変している可能性もあるように思えます。

堀江 ── Dウェーブ社が開発した量子アニーリング方式の商用マシンは、確かに組合せ最適化問題を高速で解きます。例の「1億倍速い」という話も、この問題を解かせたときのパフォーマンスを評価されているわけです。一方で、GoogleやIBM、Microsoftが競って開発に取り組んでいる量子ゲート方式は、現時点ではどのようなものになるのかさえよくわかっていません。実現するまでには、いくつか解消すべき課題が残されている上、仮に実現したとして汎用コンピュータより果たして本当に速いのか……。もちろん、その動向には我々も常に注目していますが。

齋藤 ── 有効性、つまり実際に使えるかどうかがポイントなのでしょうか。

堀江 ── 段階として、特定のドメインに限定してかまわないので、汎用コンピュータでは及びもつかないような能力、いわゆる超越性を発揮できるかどうか。超越性が実証されたとしても、実用面で役に立つかどうかは、また別の次元の話になります。実用化にはハードだけではなくソフトウェアも絡んでくるからです。ただし、量子コンピュータはここ最近、世界中で開発競争が繰り広げられている分野だけに、今後急速に進化するのは間違いないと思います。

[ 脚注 ]

*8
超伝導状態: 特定の金属や化合物などの物質を非常に低い温度へ冷却したときに、電気抵抗が急激にゼロになる現象。
*9
『シンギュラリティ・ビジネス AI時代に勝ち残る企業と人の条件』: 斎藤和紀氏の著書。シンギュラリティに向かう時代のビジネスチャンスを読み解いている。
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