No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

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最適化問題の恩恵はどこに

齋藤 和紀氏

── 先ほどの話にも出た組合せ最適化問題について教えてください。

齋藤 ── 組合せ最適化問題が速く解けると、我々の生活にどのように影響があるのでしょうか。よく例に出されるのが、「巡回セールスマン問題」ですね。ある都市を出発したセールスマンが、すべての訪問先を巡回して、再び出発点に戻ってくる。このときセールスマンの移動距離が最小になるように巡回するには、どのような順番で回ればよいのか。基本的には順列組み合わせの問題だから、訪問先が3都市なら3✕2で6通りを調べればよいわけです。

堀江 ── おっしゃる通りで、5通りなら5✕4✕3✕2で120通りです。これぐらいなら汎用コンピュータでも、答えは容易に求められます。では、これが10都市になればどうなるでしょうか。10✕9✕……3✕2=3,628,800、まだ汎用コンピュータでも何とか対応できそうです。ところが20都市だと約243京通り、500都市なら10の1000乗を超える。これをまともに全て計算してしまうと、スーパーコンピュータを使ったとしても途方もない時間がかかります。

齋藤 ── まさにエクスポネンシャル、計算時間が指数関数的に増大しますね。とはいえ、身近なところでは郵便局員が、100軒の配達先を回る場合などにも、将来はAIが理想のルートを指示してくれそうな気がするのですが。

堀江 ── 確かに組合せ最適化問題は、少し大げさにいえば世の中のあらゆるところに存在します。巡回セールスマン問題そのものともいえるのが、物流の経路問題でしょう。最適な物流ルートを解明できれば、商品を最短時間で納品できる上に燃料と人手の節約にも直結します。実際に工場で作業ルートや在庫部品の配置を最適化し、作業者が部品を集めるために歩く時間を半減したという例もあります*10

齋藤 ── 移動距離がほぼ半減とは、非常にわかり易い例ですね。他にもいろいろと応用が効くのではありませんか。

医療や金融に、広がる可能性

堀江 ── 最近取り組んでいるのは創薬支援です。新薬を開発する手法として、分子の部分的特徴を抽出して検索する「分子類似性検索」が用いられています。この際に2つの分子を原子単位に分けて一致性を調べられれば、精度の高い類似性検索を行えます。この検索を従来のコンピュータで計算させると相当な時間がかかりますが、デジタルアニーラを使えば瞬時に検索できるため、高精度かつ高速な創薬支援につながります。

齋藤 ── 創薬に使えて、分子レベルで創薬が劇的に進化するのなら、がんの特効薬開発などにも期待できますね。

堀江 ── インフルエンザなどの身近な疾患についても、より効果的な薬が開発される可能性があります。

齋藤 ── ほかにも金融のポートフォリオ作成にも活用できると聞きましたが。

堀江 ── ポートフォリオを最適化し、投資リスクを抑える場合を考えてみましょう。仮に投資を検討する銘柄が20以上あるなら、その組み合わせは100京通り以上にもなります。これだけの計算を従来のコンピュータで行うと、とんでもない時間がかるため現実問題として使いものになりません。けれども、デジタルアニーラを使えば、仮に検討する銘柄が500あったとしても、ローリスクでリターンが最大となる分散投資配分を瞬時に導き出します。

齋藤 ── 金融のポートフォリオ最適化は、投資に関わる話です。投資の判断の是非を、人間ではなく、コンピュータがかなりの精度で示唆してくれるわけですか。

堀江 ── 精度を高めるチャレンジは、医療分野でも重要な課題となっています。例えば、がんに対する放射線治療では、まずCTスキャンを行って患部を特定し、そこに放射線をピンポイントで照射してがん細胞を死滅させます。その際に問題となるのが、放射線の当て方です。がん細胞だけに確実に放射線を当てるためには、どの部位に、どの方向から、どれくらいの量の放射線を照射するかを検討する必要があります。しかし、デジタルアニーラを使えば、計算の精度を高めると同時に、計算時間も短縮化できます。

齋藤 ── 創薬やがん治療など医療の世界でも、大きなメリットを期待できそうですね。

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