No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

Expert Interviewエキスパートインタビュー

大関 真之氏

現実社会は手つかずの最適化問題でいっぱい

── D-Waveマシンで、どのような問題を解いてみたのでしょうか。

まず、数独のようなパズルを試しに解きました。パズルは、解くために悩む時間そのものが価値ある時間なのですが、現実世界には、簡単には解けないパズルに似た問題、組合せ最適化問題が無数にあります。そして、こうした問題こそが量子アニーリング・マシンが得意とする問題なのです。

小売店のアルバイトのスケジュール作成などが最適化問題の典型例です。パフォーマンスが違うアルバイトが何人かいたとします。営業時間中に各アルバイトに休憩時間を与えながら、全員がまんべんなく働き、しかも職場全体のパフォーマンスを最大化できるスケジュールを作ろうとすると、その作業はまさにパズルを解く作業そのものになります。空港での飛行機の離陸と着陸の管理なども同種の問題であり、世の中には似たような問題があらゆる業種の仕事にあります。最近では、津波などの災害時にうまく避難を誘導するようなリアルタイムシステムを構築するべく、東北大学の災害国際研究所やサイバーサイエンスセンターなど、これまでの多くの研究成果を挙げてきた諸先輩方と連携して研究活動を展開しています。スマートフォン上で、自分がこの場所で、いきなり災害にあった場合にどこに避難すると良いのか、普段から調べることのできるアプリケーションも用意しています。

ただし、こうした問題は、身近な問題なのに最適な解を得るのは困難です。その結果、たいした最適化もせずスケジュールを決めてしまうか、パズル名人のような熟練者の力を頼ることになります。こうしたありふれた問題を、量子コンピュータを使って一瞬で解き、大きな効果を上げた経験を持っていれば、世の中の仕事の進め方は一変すると思います。

── 解くのをあきらめていた問題が、一瞬で解けるというのは夢のような話ですね。

実は、単純な計算速度だけで比較すれば、現在の量子コンピュータは最新のスーパーコンピュータに敵わないでしょう。ただし、スーパーコンピュータを利用するには、高度なスキルと膨大な作業時間を要しますが、量子アニーリングではそれが必要ありません。量子アニーリングでは、問題を解かせるときの手順を指定する、アルゴリズムやプログラムの開発が一切不要なのです。問題を投げさえすれば、解が得られるため、問題を解くために要する時間の総量が劇的に縮まり、利用者の負担はグンと低くなります。

使い倒して、量子コンピュータの利用に慣れた人材を育てる

── プログラムを開発することもなく、難解な問題が解けるということを聞き、従来コンピュータよりもずっと身近なツールになりそうな印象を受けました。

私も、利用者が計算手順を考えなくても解が得られる不思議さに魅力を感じました。同時に、解法を考える必要はないのですから、様々な業種が抱えている問題を、他の研究者に先んじて一気に解いてしまおうと考えたのです。

量子コンピュータを使って現実の問題を解き、「業務改善ができた」「利益が上がった」といった役立つ結果が続々と出てくれば、社会はその価値に当然気付くことでしょう。そうすれば、問題解決のスキルを持つ人材がたくさん育つに違いありません。これから、量子コンピュータを活用する人が世界中で増えてくることは確実です。こうした、新しい時代の問題解決法に慣れた人材を育成することは大学の使命だと思います。このため、学部や研究室の壁を越えて、D-Waveマシンを使い、問題を解く経験を積んでもらっています。また、学部の学生をアルバイトで雇って、企業から持ち込まれた様々な問題を精力的に解きまくっています。

文章題を数式で表現するスキル

── 量子コンピュータで問題を解く経験を積んだ人材を養っているとのことですが、プログラム開発が不要なのに、どのような経験を積む必要があるのでしょうか。

確かに問題の解き方を開発し、プログラムとして記述する必要はありません。ただし、世の中にある言葉で表現されている問題をD-Waveマシンに入力するには、数式に直して記述する必要はあります。

── 中学や高校の数学の試験に、文章題と呼ばれるものがありました。問題を数式で表現できれば、その後の解法を間違えて丸がもらえなくても、三角がもらえたりします。そのようなものでしょうか。

はい。その数式化にもコツがあって、量子コンピュータの性質を理解したうえで数式化すると、問題が解きやすくなったりするのです。実際に何回か利用して経験を積むと、その辺りの勘所が分かってきます。

量子アニーリングを行う基本的な関係式で、解いてほしい最適化問題をこの形式に書き下せば量子アニーリングを直ちに行う。
T-Wave上での数式の例

── そもそも、量子コンピュータで解こうとしている問題は、従来コンピュータが苦手な問題だったわけですよね。ならば、解くためのプログラムを開発する以前に、数式化すらされないまま放置されていたものがたくさんありそうです。

その通りです。企業から持ち込まれる問題は、多くの場合、言葉で説明されます。そして、そうした問題の多くは、従来は現場の熟練したパズル名人が勘と経験と気合いで解いていたと言います。そんな状態ですから、問題が数式で表現されているようなことはまずありません。

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