No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

Expert Interviewエキスパートインタビュー

自然に内在するパズルを解く力を利用

ホワイトボードの数式は、ボルツマン機械学習を実行するための基本方程式。様々なデータの特徴を学び取ることを可能にする。
大関 真之氏

── 数式化は利用者が行うとはいえ、解法も指定せず得た解を、正しいと信じて使うことに抵抗感がある人はいませんか。

そこに使い手側の発想の転換が必要になるかもしれません。量子アニーリングで解を得るには、解いている間は人間が手出ししないことが重要です。これは、問題を解くのに自然現象を利用していているからです。

自然の中では、温度が低くなると水は氷になります。それまで自由に動いていたH₂O分子のエネルギーが抜き取られて、動きが衰え、分子同士がうまくバランスを取りながら落ち着く先を探し、氷になります。この過程は、パズルを解いている作業そのものであり、自然にはパズルを解くプログラムが元々内在しているのです。その自然のプログラムを、人間社会の問題を解くために利用するのが量子アニーリングです。

── 量子アニーリングの本質が、だんだん見えてきました。私たちは自然現象を理解するのに、コンピュータ・シミュレーションを活用しています。でも、考えてみれば、コンピュータ内での複雑で膨大な計算と同等のことが、自然界の中では一瞬で行われているわけです。だったら、従来コンピュータで解くのに苦労していた問題を自然に解いてもらえば、ずっと速く解けるのではないかということですか。

そうした発想で、量子コンピュータを科学研究のシミュレーションに活用しようとしています。私たち研究者は、自然現象を深く理解するために、現象をモデル化し、シミュレーションをしていました。その中には、量子力学でモデル化した現象もあります。しかし、これを従来コンピュータで解いている限り、わざわざ計算時間が掛かるシミュレーションを行っていることになってしまいます。ならば、最初から自然現象を活用した量子コンピュータで解けるようにした方が、よほど素直です。量子アニーリング・マシンは、コンピュータというよりも、実験機と呼んだ方が適切かもしれません。

いち早く立ち上がる応用は、交通・物流での活用か

── これまで様々な問題を解いてみたと思うのですが、量子アニーリングの活用が最初に広がる応用分野はどこになると思いますか。

交通・物流系ではないかと思います。自動運転車では、状況を判断する高度なコンピュータを、車両側ではなく、クラウド側に置く方向になっていくでしょう。クラウド側では、量子アニーリングを活用して、多くのクルマの動きを最適化して、全体の交通が円滑に流れるようにするのではないかとみています。

── それぞれのクルマの動きを適切に制御し、交差点をタイミングよく抜けられるように速度やル―トを調整できれば、信号はいらなくなるかもしれませんね。

その通りです。信号がなければ、交通の流れはずっと円滑になるでしょう。そういった数多くのモノの動きを最適化するような用途こそ、量子アニーリングが最も得意とする応用分野です。

フォルクスワーゲン社は、量子コンピュータを使って、多くの車の経路を最適化して交通量を減らす方法を提案しています。同様の管理は、恐らく従来のコンピュータを使ってもできるでしょう。しかし、この提案では、複雑な問題を簡単に解いてみせたという点が重要だと思います。交通量を減らすことによって解決できる問題は世の中にたくさんあるからです。例えば、津波が押し寄せてきたとき、避難する人が特定の避難所に殺到することなく、安全・確実・円滑に誘導するにはどうしたらよいのか、といった問題がそれに当たります。実際に、高知県高知市の地図を使って量子コンピュータでシミュレーションし、いくつかある高台の避難所にバランスよく誘導する方法を導いた結果が得られています。

[参考] 高知市で津波が起きた際の最適避難経路を探索した例。左の地図では赤い線(道)が混雑を示しているが、右の地図では緑の線が増え、混雑が緩和されている。
提供:東北大学量子アニーリング研究開発センター
最適化前最適化後

とにかく使い倒す

── 量子コンピュータの潜在能力を引き出すため、使い手側はどのような準備をしたらよいのでしょうか。

まずは、役立つことに利用しようなどと考えず、これまで解けなかった問題があれば、何でもトライしてみることですね。目的意識を持って活用することも重要かもしれませんが、解けるとは思っていなかった問題が実は解けるという可能性もあるからです。

つまり、四の五の言わず、使い倒すのが一番ですね。D-Waveマシンの利用料は利用時間によって決まっているのですが、実際に1つの問題を解くのに掛かる時間は20マイクロ秒にすぎません。最低限の利用時間の契約でも、最初は使い切れないほどです。そのため、同じ問題でも、どんな結果が出てくるのか、その傾向を調べるといったことまでできてしまいます。ただし、調子に乗って使っていたら利用限度を大幅に超えてしまったことがあり、D-Waveから怒られてしまいました。聞くところによると私たちは世界でも有数のD-Waveマシンのヘビーユーザーになってしまったようです。先日D-Wave Systems社の関係者が来日され、技術セミナーを実施してくれたのですが、その中でうちの学生がQuantum Heavy(D-Waveマシンを使い倒した人)として紹介されていました。

今のところ、量子コンピュータは生まれたての赤ちゃんのような状態です。現時点で実現しているマシンでできることは、その潜在能力に比べれば限られていると思います。しかし、将来、赤ちゃんが大きな仕事をバリバリこなせる成人になったときに使いこなすためには、成長に寄り添って付き合っていくことが重要だと思います。赤ちゃんですから急に成長することがあります。それを見届けたいと思いませんか?私はそんな気持ちで眺めながら、D-Waveマシンをつついています。

── 生まれた時からデジタル機器を利用して育ったデジタルネイティブという世代が増えてきました。将来は、当たり前のように量子コンピュータを使うクォンタム(量子)ネイティブ世代が育つかもしれません。

そういった状態を目指したいと考えています。授業の中で、量子コンピュータの効果的な利用法をシステマティックに教えることも大切だと思います。しかしその一方で、研究室のような実地訓練的な場で、貪欲に使いまくった経験を積むことはさらに重要です。

TELESCOPE Magazineから最新情報をお届けします。TwitterTWITTERFacebookFACEBOOK