No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

Expert Interviewエキスパートインタビュー

大関 真之氏

より複雑な問題を解ける方向に進化

── D-Waveマシンを使ってみて、量子アニーリングのマシンは、今後どのような方向に進化していくと感じていますか。

現状の量子アニーリングは、応用先から見れば、ある意味中途半端な位置付けにあると言えます。産業利用における問題解決マシンであり、基礎科学での実験マシンでもあるのです。これはうまく両者を扱えるようにできているというより、まだそれぞれの先鋭的な利用がうまくできていない状態だという方が適切です。これからは、それぞれの用途に特化して、より機能や性能を先鋭化させた手法とそれを具現化したマシンが出てくるのではないかとみています。

── 性能もどんどん上がっていくのでしょうか。

D-Waveのマシンは、2011年に初号機が発売されて以来、約2年ごとにアップデートされています。最初は128量子ビットだったものが、今は2048量子ビットになりました。次のマシンは、5640量子ビットになると聞いています。大規模化のスピードが加速しているということですね。

量子アニーリング・マシンは、計算に用いるチップ上の素子を、全く同じ形、同じサイズで、歪みなく作らなければ正しく動作しません。当然素子数が増えれば、設計や生産の難易度が格段に上がってきます。2048量子ビットならば、同じ素子が2048個並んでいる必要があります。しかも計算するための仕掛けも同じところに取り付けることになります。このため、歩留まりが極めて悪いチップです。一定の範囲内に特性が収まっていれば正しい動作ができる、従来のデジタル回路とはこの点で異なり、量子アニーリング・マシン用チップは非常にハードルが高いものとなっています。

── 扱う量子ビットの数が増えると、応用上は何が変わるのでしょうか。

例えば、いくつかのパーツをはめ合わせるパズルを考える時、互いに触れ合うパーツの数を多く扱うことができます。現状のD-Waveマシンでは1つのパーツに触れているのが5つの場合しか扱えなかったものが、15個に増えても対応できるようになるようです。つまり、より複雑な問題を解くことができるようになります。

── 量子コンピュータとそれを使う技術を進化させる際に、日本の企業や大学が最も貢献できる部分はどこだと思いますか。

理論ですね。より計算精度を高めるための理論などで貢献できるのではないでしょうか。ものづくりという部分で、日本は世界にやや遅れてしまったところはあるのですが、その遅れを取り戻すことは重要ですが、少なくとも現段階で世界に貢献できるのはどこかと考えれば、頭を使う理論の部分だと思います。その成果を持って、ものづくりのための知恵となる新しいアイデアや、より利用方法が豊かな量子コンピュータができると良いなと考えています。

大学等の研究機関とは異なり、企業には応用の探索に期待しています。応用について手法が似ていても、結局それぞれの国や文化によって必要とされる内容は異なってきます。最終的にどんな方法であっても、「世界を変える」ためには、後追いだろうがなんだろうが、まずはやって見て、よくよく考えたら違う方法になっていた。思わぬ方法が役に立った。ということを期待して、やり始める方が良いです。少なくとも私は「しつこく」いろんな応用例を追って、その背後に共通する考え方を見つけて、それを基軸に幅広い分野に活用しています。そうじゃないとこれだけ多くの企業との共同研究は回せません。これはなかなか言葉にできない価値で、やった人じゃないとわからない部分かもしれません。

逆説的な話ですが、研究開発に十分な資金が回っていない時ほどチャンスだと思います。日本では予算が制限された中で必死の工夫により、思いもしなかった方法で研究を切り抜けてきました。私たちも紙とペンで頑張って、新しい成果を出している状態です。それはそれで武器になるわけです。もちろんそればかりでは、つまらなくなるので応用研究にも手を出しています。優れた理論を考案し、最終的に世界でも稀で面白いものを作り上げることでその理論が実装され、実現し、意義のあるものだと認識された瞬間に、投資を呼び込めるようにプレゼンスを高めておく必要はあると思います。

かつて、量子アニーリングが発表された時も、ただの理論から始まって、ああそうですか、という雰囲気で世に登場したそうです。それが20年ほど経って今の盛り上がりですから。いろいろなことをやって、その成果を許す精神的余裕が持てるように研究環境の整備をすることの方がよっぽど重要だと思います。日本での研究活動に魅力を感じないこともあります。そういった雰囲気を打破するためにも、面白そうに本当に楽しいことをやってみてもいいんだよと、そういう雰囲気を私は作り出しておきたいと願っています。

東北大学には、量子アニーリング研究開発センター(T-QARD:Tohoku University Quantum Annealing Research and Development)を設置しました。研究者や大学院生が寄り集まっているというのではなく、興味を持った人であれば、D-Waveマシンを利用しながら、あれやこれやと自分のアイデアを試しながら議論して、いつのまにか量子アニーリングの一人前のユーザーになれる場所です。そのセンターから、学部生が中心になり、世界中の量子アニーリングのうまい使い方を要約したナレッジスペースをWeb上で公開しています。

T−Wave(量子アニーリング ナレッジベース)
最適化前

思わぬ発展を遂げて、学部生たちが面白がって、D-Waveマシンの使い方まで段々と紹介するようになりました。日本の大学生、東北大学の学生は素晴らしいですよ。本当に学ぶ意欲もあるし、実行力もある。T-QARDの活動全体に刺激を常に与え続けてくれます。この新しい息吹を感じる分野こそが量子アニーリング、それに関連する分野です。その勢いをさらに発展させるために、私もまた、今日も、明日も走り続けます。

大関 真之氏

Profile

大関 真之

東北大学大学院 情報科学研究科 応用情報科学専攻 准教授
東北大学量子アニーリング研究開発センター・センター長

2008年 東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。 東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て2016年 10月から現職。
量子アニーリングと呼ばれる計算技術を駆使した新規計算基盤のデザインやいわゆるディープラーニングをはじめとした機械学習の理論とその応用の研究に従事。
平成21年度手島精一記念研究賞博士論文賞受賞。 2012年第6回日本物理学会若手奨励賞受賞。2016年GTC Japan 2016 Social Innovation Award受賞。 平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。 2018年ITエンジニア本大賞技術書大賞・平木 啓太さん特別賞・千代田まどかさん特別賞受賞

≪近著≫ 『機械学習入門-ボルツマン機械学習から深層学習まで-(オーム社)』 『量子コンピュータが人工知能を加速する(日経BP/共著)』 『先生、それって量子の仕業ですか?(小学館)』 『ベイズ推定入門-モデル選択からベイズ的最適化まで-(オーム社)』、『量子アニーリングの基礎(共立出版/共著)』

URL: http://www.smapip.is.tohoku.ac.jp/~mohzeki/

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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