No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

連載01

ネット革命第2波、ブロックチェーンの衝撃

Series Report

仮想通貨がブロックチェーン応用の素地を作る

仮想通貨での運用の中では、特に取引への参加者間での合意形成の過程で行われる採掘の部分で大きな資金が動いている。そして、採掘競争を勝ち抜くための投資と技術開発は極めて活発だ。前回紹介したように、新たな合意形成技術など、ブロックチェーンの仕組み自体に関わる情報処理技術も発展している。それにも増して、潤沢な資金投入による技術の進歩が急加速している分野が半導体である。

仮想通貨の採掘業者が最先端半導体の購入と開発に大金を投じるようになった。ほんのわずかでも競争相手より高速な計算ができれば、採掘競争を勝ち抜くことができるからだ。ビットコインは、10分ごとに12.5BTCが報酬として発行される。1年は52万5600分なので、年間65万7000BTCが新たに発行される。1BTCを100万円とすると年間で6570億円が報酬額になる。もちろん、仮想通貨はビットコインだけではないので、総報酬額はその何倍にもなる。この巨額の報酬を奪い合うために、計算能力の増強競争が起こり、アメリカ、中国、そして日本でも大規模な設備投資が行われるようになった。そして、最先端半導体チップ採用による計算能力の向上がビジネス上の利益に直結する人たちが、最先端デバイスの新たな需要家として存在感を増しつつある。

仮想通貨の採掘は、紛れも無いビジネスである。そのため、投資額や経費を上回る利益を得られなければ意味がない。採掘に参加する人たちの間での計算競争を、最小限のコストで勝ち抜くことが重要になる。つまり、単に高性能な半導体チップが求められるわけではなく、コスト・パフォーマンスに優れたチップが求められているのだ。さらに、計算には膨大な電力を消費するようにもなっている。仮想通貨の採掘業者の多くが中国に拠点を置いているのは、電力料金が安いからだとされる。チップには、消費電力当たりの性能がより高いものが求められる。

より効率のよい計算手段を求めて

採掘事業者は、より計算効率のよい手段を求めて、次々と新しい方法を試している。この辺りの様子は、その熱気といい、使われている手段といい、GoogleやIBMなどが人工知能(AI)向け半導体チップを独自開発する動きによく似ている(図3)。先に、仮想通貨の採掘事業者が最先端半導体チップの大口需要家になりつつあるとしたが、恐らくブロックチェーン向けとAI向けが、近い将来の半導体技術の進化を需要側から支える2トップになるのではないだろうか。

[図3] ブロックチェーンの採掘用チップと人工知能用チップは技術の変遷が似ている
出典:チップ写真は、各社のニュースリリース
マイクロプロセッサはIntel、GPUはNVIDIA、FPGAはXilinx、ASICはBitmain Technologies、AIチップはGoogle、脳型チップはIBM
ブロックチェーンの採掘用チップと人工知能用チップは技術の変遷が似ている

ビットコインが開発された当初は、パソコンに搭載されているような一般的なCPUで採掘が行われていた。採掘への参加者が少なかったため、市販の高性能パソコンでも十分報酬を獲得できたのだ。ところが瞬く間に、パソコン程度では競争に勝ち抜くことができなくなった。多くのパソコンを並べて計算能力を高めることもできるが、その方法ではパソコンの購入費用と計算時に消費する電力の料金がかさみ、採算が合わなくなってきた。

そこで次に使われ始めたのが、GPU*1である*2。GPUでは、同一手順での計算を同時並行的に実行することに向いた内部構造を採っている。これが、採掘で行う計算処理の特徴に合っていたのである。GPUは、パソコン・ゲームを快適に動かすためのアクセラレータとして使われており、入手しやすいチップだったため、GPUを使った採掘は一気に広がった。GPUは、人工知能の学習や推論処理、さらには科学技術計算などにも広く応用されるようになっている。仮想通貨の報酬という収益に直結する応用先が生まれたことで、大量のGPUが採掘用に投入され、品不足に陥り、科学技術計算に回すチップの確保が困難になるといった事態さえ発生している。

そして、独自チップの時代へ

そして、現在では市販のGPUを使っていては採掘競争に勝てなくなった。そこで、GPUに代わる新しい手段として、ブロックチェーンの採掘だけに特化して開発された専用チップ、すなわちASIC*3の利用が主流になってきた。ちなみに、ビットコインの採掘に必要な計算の難易度は、2週間に一度変更される。ASICでは、チップの設計と製造に一定の期間を要するため、こうした難易度の変更を見越した高度なチップ設計の戦略性が求められる。今では、ASICを搭載した採掘用アクセラレータも販売されている。しかし究極的には、採掘で勝ち抜くためには、独自で優れたチップを開発する必要がある。要するに、採掘競争を勝ち抜くためには、資金力だけではなく、高度なチップ設計力が求められるようになってきたのだ。

ビットコインなど仮想通貨の採掘は、とても素人が手出しできる状況ではなくなっている。中国などには、ASICを独自開発して採掘競争を勝ち抜こうとする採掘事業者が多数いる。また日本でも、採掘事業に参入したGMOインターネットが、チップの7nm世代という最新CPUでも採用していないような最先端技術を使い、半導体メーカーの協力を得ながら独自チップの開発に取り組んでいる。同社は、独自チップ開発のために、まず100億円を投じるとしている。こうした動きに、半導体メーカーも敏感に反応し、ASICビジネスを増強するようになった。

[ 脚注 ]

*1
ハッシュ関数: GraphicsProcessingUnitの略。グラフィックス処理や画像処理に特化した、専用の演算器と内部構造を持つプロセッサ。マイクロプロセッサのように、様々な命令を効率よく処理することはできないが、大量のデータを対象にして同じ演算を同時実行する並列処理に向いた内部構成を取っている。近年では、その優れた演算能力を生かして、科学計算などに活用されるようにもなってきた。こうしたGPUの利用法を特に「GP(General Purpose)GPU」と呼んでいる。
*2
プログラムを書き込むことで、思い通りの専用回路を自由に実現できるチップ、FPGA(Field Programmable Gate Array)をブロックチェーンの採掘に利用しようとするアイデアもある。一般にFPGAを使った採掘は、GPUよりも効率が多少優れている。ただし、プログラミングに半導体回路設計のスキルが必要になることから、使いこなせる採掘者が少なかった。
*3
ASIC:Application Specific Integrated Circuitの略。特定の用途に向けて、必要な機能を集積した半導体チップのことを指す。開発と生産には莫大なコストを要するため、ASIC、特に最先端のASICを活用するには潤沢な資金力が必要になる。かつて、日本の半導体メーカーはASIC事業に注力している時期もあったが、開発・製造コストの高騰で利用者が減り、採算が取れなくなったことで今では撤退状態に等しい状態である。仮想通貨の採掘では、こうしたASICを搭載した採掘専用のアクセラレータ機器のこともASICと呼んでいる。
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