No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

連載01

ネット革命第2波、ブロックチェーンの衝撃

Series Report

また、JPMorgan Chase社やみずほファイナンシャルグループなどは、ブロックチェーンの派生技術を応用した国際送金の実証実験を行っている。ブロックチェーンの利用によって、取引時刻の制限なく迅速な送金が可能になり、銀行送金の手数料は約10分の1に抑えることができるとされる。ブロックチェーンを決済や送金に応用するメリットは、お互いが信用できるかどうかが分からない人同士の取引でこそ際立つ。この特徴を生かして、既に個人間の直接取引を安全に行うための仕組みを提供するベンチャー企業が複数出てきている。

また、ブロックチェーンは信用を管理するのに適している。この特徴を利用して、これまで書類を基に人手で信用を管理してきた保険業界の作業を、大幅に削減する取り組みが出てきている。被保険者の身元確認や保険対象のリスク記録のシステム化、さらには作業の透明性と正確性の向上、手続きの迅速化などの実現が期待できる。実際、既に国内外の多くの保険会社がブロックチェーンを活用し始めている。例えば、大手保険会社であるアメリカのAIG社は、ブロックチェーンを使った保険証券をイギリスのStandard Chartered銀行に交付した。これによって、これまで何か月も掛かっていた業務が数日に短縮できたという。

お金に関わる応用を考えているのは、金融機関だけではない。もともとブロックチェーンは、独自通貨である仮想通貨の価値を担保する技術として生まれた。このため、自治体が発行する地域通貨や企業が発行する買い物のポイントサービスを、高い信頼性を確保しながら効率的に流通・管理するためにも利用できる。しかも、有効期限を設定したり、時間の経過と共に価値を変動させたり、付与の条件(所得、年齢などに応じた付与額の違いなど)を変えたりといった、通常の通貨ではできない高度な管理も可能になる。

寄付や支援が確かに役立っていることが分かる

寄付や資金提供といった分野でも、ブロックチェーンの活用が始まっている。

街を歩いていると、慈善団体による募金活動を目にすることがある。ただし、そこで集められたお金が、本当に目的とする用途に使われているのか確認することは難しい。こうした透明性の不備が、寄付や募金が活発化しない1つの要因になっている。しかし、ブロックチェーンを使えば、寄付したお金の行方を追跡できる。ビットコインをベースにした慈善団体であるBitGive財団は、寄付金の行方を援助者に見せる仕組みを作り、開発途上国の子どもたちを救う様々なプロジェクトの資金集めに活用している。

また、新商品の開発・販売やアーティストの活動などに向けた資金をネットで広く募るクラウドファンディングに活用する動きもある。これまでのクラウドファンディングによる資金調達では、集金システムの利用に高額な手数料が掛かった。これが、ブロックチェーンの仕組みを活用して「トークン」と呼ばれる代替通貨を発行することで、手数料不要の資金調達ができるようになった*1。具体例としてアメリカのSwarm社が運用する「Swarm Fund」と呼ぶクラウドファンディング・サービスがある。

洗濯機が少なくなった洗剤を自動的に調達

次に、ブロックチェーンを活用することで、家電製品や電子機器の新しい活用方法が広がる可能性を示す例を紹介する。

将来行う可能性のある取引や契約の条件や内容、実行のプロセスを指定し、状況に合わせて自動実行するスマートコントラクトと呼ぶ手法がある。とても便利で利用シーンが多い自動化手法なのだが、取引や契約の信用性を裏付ける仕組みがないと実際のビジネスに組み込むことができなかった。しかしこの課題も、ブロックチェーンを利用すれば解消する。

アメリカのIBM社は韓国のサムスン電子社と提携し、ブロックチェーンを用いたスマートコントラクト機能を搭載した「W9000」と呼ばれる洗濯機を開発した(図3)。洗剤の残量が少なくなったことを検知すると、販売店に自動発注し、契約に則った支払いを実行、そして所有者に報告するところまでを自動的に行う機能を備えている。故障した場合にも、修理や保守部品を自動的に手配する。さらには、同様の仕組みを搭載した他の家電との間で情報をやり取りし、消費電力を最適化するための稼働調整も行うことができる。状況に応じた仕事を、洗濯機が自律的に判断しながら処理を進める、まさにスマート家電と呼べるものだ。

[図3] 自律して消耗品管理や故障対応、他の家電との稼働調整を行う洗濯機
作成:伊藤元昭
自律して消耗品管理や故障対応、他の家電との稼働調整を行う洗濯機

ブロックチェーンを利用することで、家電製品や電子機器、産業機器などのビジネスモデルは大きく変わる可能性がある。消耗品の販売やメンテナンスサービスを組み合わせることで、機器の販売だけに頼らない、多角的な収益源を設定できる。

また、スマートコントラクトの対象を、工業製品だけではなく、人の行為にまで広げる取り組みも出てきている。端的な例として、遺言の自動実行サービスが挙がる。遺産相続や権利譲渡の条件や手順を生前に定め、これを改ざんができないブロックチェーンに蓄積。亡くなった後に、蓄積した条件や手順に沿って、遺言を自動実行する仕組みだ。

[ 脚注 ]

*1
ブロックチェーンを活用したサービスを提供する多くのベンチャー企業が、こうしたトークンの販売を通じて数百万ドル規模の資金調達を行っている。この方法はICO(Initial Coin Offering)と呼ばれている。
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