No.018 特集:スマートコミュニティと支える技術

No.018

特集:スマートコミュニティと支える技術

Visiting Laboratories研究室紹介

小野田 弘士教授

博士課程1年にして起業、スタートアップの辛酸を嘗める

TM ── 実際にベンチャー起業をされていますね。

小野田 ── 師匠の永田勝也教授から「環境に関する評価ソフトには民間のニーズがある」と言われていたので、研究の一貫として評価ソフト開発にも取り組んでいました。この研究成果を社会に還元することを目的に、最低資本金規制の特例を活用して会社(株式会社早稲田環境研究所*3)を設立したのです。修士課程2年の冬から準備にかかり、設立できたのが博士課程1年のときです。

TM ── 修士課程修了後に就職するつもりはなかったのですか。

小野田 ── 実は修士終了後には、就職するつもりでした。就職氷河期でしたが、就職活動をしてコンサルタントやシンクタンクなどを中心に複数の企業から内定をいただいていたのです。ところが、指導教官だった永田先生から「進路はどう考えているのだ」と声をかけられました。基本的に博士課程の学生を受け入れないことで知られていた先生から、わざわざそんなふうに言ってもらえたのだから、これは博士課程に進むしかないと覚悟を決めました。今から考えれば、私は組織の中で動けるタイプではないので、就職しなくてよかったと思います。また、大学に残ったからこそ、やりたいことをやれていると永田先生には感謝しています。

TM ── ベンチャーの立ち上げは、決して楽なことではないと思いますが。

小野田 ── 正直に言って、めちゃくちゃ大変でした。個人的には、とても良い勉強をさせてもらったと感謝していますが、いま自分の研究室の学生が起業したいと言って来たら決して勧めないでしょう。ただし、このときの経験がプロジェクトを動かす際のノウハウになっていることは間違いありません。

TM ── 実際には、どんな事業をされていたのでしょうか。

小野田 ── 例えば設立初年度に、経済産業省から廃棄物リサイクルシステムのエネルギー効率化調査として「LCA*4とLCC*5による政策判断支援手法の検討」事業を受託しています。起業当初は調査や委託研究の仕事から始めて徐々に活動領域を広げていき、省エネ関係や廃棄物リサイクル関係の技術開発やコンサルタントも手がけるようになりました。そして、事業を拡大していく中で、環境配慮エネルギーやその循環システムを社会に実装するためには、専門家が必要だと痛感したのです。

TM ── 専門家ですか。

小野田 ── ポスドク*6の就職が問題となっていますが、博士後期課程修了後には研究者になる以外の道を用意すべきであり、その一つが専門家だと思います。環境エネルギーの分野で専門家として仕事をするためには、ドクターレベルの知見が求められます。この分野は未知の部分が多くて、産業としても確立されていません。ビジネスとしてはもちろん、研究としてもかなりな広がりがあります。まさにこれからの分野だからこそ専門家が必要なのです。

TM ── 先生が起業されたベンチャーも、ドクターの受け皿になるのですね。

小野田 ── ドクターを何らかの形で雇用して、給料を出せば生活が安定します。ベンチャーと研究室で産学連携のプロジェクトを立ち上げて、その内容を博士論文としてまとめるのも一案でしょう。3年ぐらいの時間軸でプロジェクトをやり遂げれば、きちんとまとまった内容の成果を出せます。

TM ── 環境エネルギー関連では、産学連携のプロジェクトに対するニーズがあるのでしょうか。

小野田 ── あまり知られていませんが、この分野には優良企業がたくさんあり、そうした企業では人材不足が事業拡大のネックとなっています。そのような企業と連携する形でプロジェクトを進めるのも一案です。専門家となりうる人材を育成することもアカデミアの重要な仕事ですから、ドクターまで残りたいと思う学生を支援し、現場で戦える専門家として社会に輩出する。これも自分の使命だと考えています。

[ 脚注 ]

*3
株式会社早稲田環境研究所: 小野田弘士教授(当時、早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程)が、早稲田大学永田勝也研究室の研究成果を社会に還元することを目的に、最低資本金規制の特例を活用して設立(資本金25万円)。早稲田大学と企業・自治体の間に立ち、早稲田大学にとっても企業・自治体にとっても、さらには消費者にとっても有益となるサービスを提供しながら、地球環境への貢献を目指している。
*4
LCA: Life Cycle Assessment。ある製品・サービスのライフサイクル全体(資源採取―原料生産―製品生産―流通・消費―廃棄・リサイクル)、またはその特定段階における環境負荷を定量的に評価する手法。
*5
LCC: Life Cycle Cost。購入者の立場としては、製品を購入してから使用を中止、あるいは廃棄するまで、製造者の立場では、企画・研究開発から廃棄、処分に至るまでの資産の全生涯で発生するコストをいう。製造者側のライフサイクル段階で発生するコストには、研究・開発コスト、生産・構築コスト、使用者側のライフサイクル段階で発生するコストには、運用・支援コスト、廃棄コストなども含まれる。
*6
ポスドク: ポスト・ドクターの略。博士研究員。博士号を取得したものの、正規の研究職や教員職には、まだついていない研究者。
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