No.018 特集:スマートコミュニティと支える技術

No.018

特集:スマートコミュニティと支える技術

連載02

本格的EV時代が目前、EVをもっと楽しくする技術

Series Report

スイッチを細かく切り替えて交流を作る

最も単純な構成のインバーターを例に、その基本的な動作を説明する(図2)。インバーターは最低4つのスイッチを図のように配置して構成する(フルブリッジ回路*4)。回路に直流電源を接続し、回路中の対角に位置するスイッチを1対にして(図中のs1とs4もしくはs2とs3)、片方の対が“オン”の状態の時に、他方の対が必ず“オフ”になるように、一定周期で“オン”と“オフ”を繰り返す。すると、中央の負荷の部分に流れる電流の向きは、スイッチの切り替え動作に合わせて入れ替わる。つまり、負荷に流れていた電流が、直流から交流に変わる。

[図2] 最も単純なインバーター回路の模式図
作成:伊藤元昭
最も単純なインバーター回路の模式図

一般に、交流の理想的な波形は、電圧が滑らかに変化する正弦波になる。しかし、スイッチを単純に“オン”と“オフ”させただけで作り出した交流は、正弦波とはほど遠い、のこぎりの刃状の波形になってしまう。このままでは、モーターを滑らかに回転させるには不都合になる。

そこでスイッチの開閉を制御する信号として1秒間に数万回スイッチを開閉するパルスを入力し、そのパルス幅(“オン”と“オフ”の比率)を制御して波形を整える。こうした制御法を、パルス幅変調(Pulse Width Modulation:PWM)制御と呼ぶ(図3)。この方法は、EV用だけではなく、エアコンや工作機など様々な機器を動かすモーターの制御法として広く使われている。

[図3] パルス幅変調制御の原理
作成:伊藤元昭
パルス幅変調制御の原理

電気自動車の中でのインバーターの役割

前回解説したように、EVでタイヤを回す動力源には、AC同期モーターが使われることが多い。このモーターでは、電流の向きが一定周期で入れ替わる交流電力がモーター内部の磁界の変化を作り出し、これを回転運動に変える。ただし、EVの電源であるリチウムイオン電池の出力は、288Vや350V、650Vといった直流である。だから当然、直流を交流に変える部品が必要になり、EVには必ずインバーターが搭載される*5*6

AC同期モーターに交流電力を供給すると、回転運動を生み出すことができる。このとき、供給する交流電力のかたちを変えることで、モーターの動き、回転数などをきめ細かく制御することが可能になる。この制御こそが、幅広い回転域でモーターを動かすことが求められるEVでは、欠かせない技術になっている。

エンジン車ではローギアから徐々に回転数を上げていかないと高いトルクを出せない。これに対し、EVは、インバーターをきめ細かく制御することによって、始動時の低回転域から最大のトルクを出し、極めてスムースに回転数を上げていくことができる。

スイッチにはタフなトランジスタが必要

EV用のインバーターでは、スイッチとしてトランジスタを用いている。

EVでは、インバーターを構成するスイッチにかなりの高電圧、大電流を流す。典型的なEVでは、リチウムイオン・バッテリーの出力電圧288Vを駆動用の直流400Vに昇圧して、電流値をその分減らし、損失を小さくして使っている。また、流れる電流も300Aと大電流であり、動作時には高熱が発生する。このため、インバーターを構成するトランジスタには、こうした高電圧、大電流、高温に耐える、様々な意味でタフなものを選ばなければならない。

さらに、PWM制御を行うため、1秒間に1万回以上スイッチングできる性能も欠かせない。こうした高速動作に対応できるトランジスタの代表が、MOSFET*7である。ただし、EVの動力源となるような高出力モーターを駆動するには、高電圧・大電流・高温に耐える信頼性が足りない。素子のサイズ変更だけで堅牢性を高めようとすると、素子内の電流経路を十分長くする必要があり、これが内部抵抗の増大を招いて電力損失を増やしてしまう。そこで、現在のEVでは、超高速のスイッチング特性と、耐高電圧性を兼ね備えた構造を持つパワー半導体、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)が使われることが多い(図4)。IGBTは、入力部がMOS構造で、出力部がバイポーラ*8構造のトランジスタである。

[図4] IGBTの構造と実際のIGBTのパッケージ写真
出典:ロームの資料(左)、三菱電機のプレスリリース(右)
 IGBTの構造と実際のIGBTのパッケージ写真

さらに、スイッチとなる各トランジスタには、並列にダイオードが配置される。これはスイッチを切った後にも流れようとする電流を回路内に還流させて、トランジスタを保護するためだ。こうした役割のダイオードをフリーホイール・ダイオードと呼んでいる。

[ 脚注 ]

*4
フルブリッジ回路: 電源を2つ使い、回路を単純化した回路構成のインバーターもある。これをハーフブリッジ回路と呼ぶ。
*5
EVのモーターは、電力で回転運動を生み出すだけではなく、下り坂などでアクセルを離して減速する時に、タイヤの回転力を使って回生電力を生み出す発電機にもなる。この時にできる電力は、当然交流になる。インバーターでは、交流電力をバッテリーに蓄積できる直流電力に変換する処理も行っている。
*6
実際のEVでは、バッテリーの電圧をDC-DCコンバーターを使って、一度直流400Vに昇圧してから、インバーターに入力している場合が多い。
*7
MOSFET:通常は絶縁状態にある半導体で、電圧を印加したソースと接地状態のドレインを隔絶し、半導体領域(チャネル)の導電性をその上に取り付けたゲート電極で制御してスイッチングするトランジスタ。ゲート電極下の構造が金属(Metal)、酸化膜(Oxide)、半導体(Semiconductor)で構成されているため、MOSと呼ばれる。
*8
バイポーラ構造のトランジスタ:マイナスの電荷を運ぶ電子が自由に動ける状態にあるN型半導体と、プラスの電荷を運ぶ正孔が自由に動ける状態にあるP型半導体を、NPNまたはPNPの構成でつなげて作ったトランジスタ。NPNのPもしくはPNPのNの部分の電位を制御することで、スイッチングする。電荷を運ぶ媒体(キャリア)として、電子と正孔の2つを利用しているため、バイポーラと呼ばれている。
TELESCOPE Magazineから最新情報をお届けします。TwitterTWITTERFacebookFACEBOOK