No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

Expert Interviewエキスパートインタビュー

シャローナ・ホフマン氏

── 我々は、医療研究というだけで、信憑性が高いという印象を持ってしまいます。

そもそもビッグデータだけでは判断できないケースもあります。例えば、患者の痛みのレベルです。これは個々の患者に話を聞いて推測するしかない。また、「予期しない反応」といった場合の定義も、医師によって異なるでしょう。患者に何らかの影響を及ぼした反応だけをそう呼ぶのか、その反応が一定時間続いた場合にそう呼ぶのか。予期しない反応のデータを利用したとしても、その定義がバラバラではどうしようもありません。こうしたケースでは、直接患者や医師に話を聞かない限りニュアンスが把握できません。ビッグデータだけに頼るのは危険なのです。

── 医療ビッグデータ時代になり、膨大なデータが利用できるようになったと喧伝されていますが、それを鵜呑みにするわけにはいかないということでしょうか。

まさにその通りです。電子カルテの膨大なデータを利用できるようになり、かつてのように臨床データを集める必要がなくなりました。しかし、患者に直接触れないため、信頼性の面では従来の研究より危ういとも言える。そこで今は、ビッグデータの利用に際して、臨床現場での観察研究結果をどの程度盛り込むべきなのか議論になっています。

── 医療データにおいて、正確性の判断に人間が介入したり、作成時に規制を設けたりすることは必要だと思いますか。

人間の監視は必要です。ビッグデータだから正しいということはありません。元のデータをチェックし、テストするということを、繰り返す必要があります。同時に、電子カルテの正確性を向上させる規制も求められます。電子カルテのデータが良質であれば研究結果も向上しますから。そして、医療におけるビッグデータ利用の動きは、もはや止められるものではありません。うまく活用すれば研究が加速し、患者ごとにカスタマイズした薬を作ることも不可能ではない。ただ、現時点では、医療を革命的に変えたとは言い難く、成果は限られていると理解すべきでしょう。

── ビッグデータの扱いについては、すでに何らかの社会的、経済的な構造が見られるのでしょうか。つまり、医療機関がデータを生み、IT企業がシステムを構築し、医師や研究者が利用し、その結果を保険会社や患者が共有するといったような役割分担はできているのでしょうか。

はっきりした構造ができることはないでしょう。例えば、医療機関は自分たちのデータを使って、組織の現状を把握しようとします。そして保険会社は、どうすれば支払いを最小限に止めることができるかと、やはり独自に集めたデータを利用する。ですから、組織はそれぞれが入手可能なデータを使うだけですし、先述したようにデータ・ブローカーもそこに含まれるわけです。

── データ共有は行われないということでしょうか。

共有されることを望みたいのですが、それにはまだまだ議論が必要です。例えば、農村部でも電子カルテさえあれば、都市部の医療機関と同じレベルの医療が受けられる可能性があります。しかし実際には、データの共有はされていません。非常に大きな研究結果であれば共有されることもありますが、それはレアケースです。また、データが共有された結果、混乱を引き起こすケースもあります。命を救ってくれると思われていた手段が、そうでないと知れば、一体何を信じればいいのかわからなくなります。

── 一般人は振り回されることになりかねません。

そこで重要になってくるのが、教育です。研究結果というのは、まだ完全なものではなく、ある程度の懐疑心を抱くべきだということを知る必要があります。先述した堕胎やワクチンの研究結果のように、あまりにドラスティックな場合は、特に注意すべきでしょう。また、研究結果が再現できるのかどうかもポイントです。ある結果が発表されても、再現可能なことがわかるまでは信頼できません。私はアンチ研究派でもアンチ・ビッグデータ派でもありませんが、まずは疑うべきであることは認識しておいてください。研究者のほとんどは、良心に従い、倫理的に研究を行おうとしています。それでも、ビッグデータを扱うのは非常に難しいことなのです。

ナノテクミュージアムから最新情報をお届けします。FacebookFACEBOOK