No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

Expert Interviewエキスパートインタビュー

データ駆動型社会における新しいヘルスケア
後編日本のとるべき“第3の道”とは?

2019.7.19

宮田 裕章
(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 教授)

データ駆動型社会における新しいヘルスケア〜日本のとるべき“第3の道”とは?〜

医療機関や行政データだけでなく、ゲノム、IoTを活用したライフログ、環境情報などがデータ化されることで、世界は膨大なデータで溢れ始めている。病気の初期症状から経時変化、治療の手順、方法、治療期間中の病状の変化、回復期間、回復時の患者の様子など取得されたデータは極めて豊富にある。先端的なIT企業は、データは石油に代わる将来の資源であると言ってはばからない。GAFA*1に代表されるデータ先端企業群、GDPR(EU一般データ保護規則)、そして市場経済のルールがないため、何が起こってもおかしくない中国といった世界のデータ先進地域を前に、日本はどうあるべきか。医療界から、多様な健康とWellbeingを実現するために、未来志向のシステム「PeOPLe」をはじめ様々な産官学連携の取り組みを行っている、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室の宮田裕章教授に聞いた。

(インタビュー・文/津田 建二 写真:川合穂波〈アマナ〉)

医療は患者や社会の価値が金銭的価値よりも先行している分野

宮田 裕章

── 前編では中国の信用スコアを例に、ポスト資本主義の可能性について伺いました。いよいよ本題の医療について伺えますか。

医療は、既に患者や社会の価値の実現が、金銭的な価値よりも先行している分野です。1999年に日本の心臓外科医が始めた、日本成人心臓血管外科手術データベース機構の取り組みは、患者のための最善の医療を実現するという志のもと、医療の質を把握した上であるべき提供体制を考えるものです。この取り組みは2010年にNational Clinical Databaseという法人に発展し、専門医制度と連動した5000病院以上が参加するプロジェクトに発展しました。また2006年にハーバード大学のマイケル・ポーター教授が書いた『Redefining Health Care: Creating Value-based Competition on Results』の中では、医療においてはどのような価値を実現するか?ということが第一にあり、その実現に向けて金銭的、人的資源をどのように設定するかを考えるべきであると、定義しています。

実際、貨幣価値優先の安かろうの医療制度は、世界の多くの地域で失敗しています。医療提供者、行政、企業、患者・市民などの間にある利害関係を超えて、社会・患者に対して価値の高いヘルスケアを、どのように実現するのかを考えなければなりません。そして、これからは健康に対する価値観も変えていく必要があります。病気にならないこと、病気を治すことが必須であることには変わりありませんが、その一方で、“魅力的な生き方を追求する中で、自然と健康になる”ことや、“格差や病気があってもそれを人生の障害と意識しない”という価値を実現することも重要です。

── 健康に対する価値観を変える、なかなか難しそうです。具体的にはどのようにすれば良いのでしょうか。

wellbeingを高めるという視点で考えた場合、多様な価値観に訴求することが必要です。トップダウンのみで考えることは困難ですし、政府が押しつけることでもありません。様々な共創を通じた議論が必要で、2025年の大阪万国博覧会のテーマにもなっています、私はその基本構想委員でもあるのですが、万博のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」とやや抽象的ですが、その本質は新しい健康と社会のあり方です(図1、図2)。SDGsが掲げる、価値は全ての人々に、いのちの基本的な権利をという点に加え、2025年大阪万博ではその先の展望である、新しい健康価値観の創造という点を加え“いのち輝く”という言葉を掲げました。

[図1]大阪万博は健康と新しい社会がテーマ
出典:慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室
大阪万博は健康と新しい社会がテーマ
[図2]大阪万博が掲げる言葉は“いのち輝く”
出典:慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室
大阪万博が掲げる言葉は“いのち輝く”

大阪万博と連動して、大阪駅北口にある梅北(うめきた)のまちづくりにも、三菱地所や阪急電鉄、大林組などと一緒に取り組んでいます。万博と共通するテーマを採用し、中核コンセプトの一つに『ライフデザインイノベーション』を掲げています。このコンセプトを基に、金沢21世紀美術館を設計した建築家ユニット「SANAA」とランドスケープアーキテクト集団であるGustafson Guthrie Nicholが描いたデザインは、ビル1棟を一つの石に見立て、枯山水を表現しています。京都にある龍安寺の石庭では全ての石の内、どこから見ても必ず1個の石が見えない構図になっていますよね…つまり、どの見方も正解であり正解ではない。何か一つのグランドビューを正解とする都市景観ではなく、多様な価値観を前提としているのです。人々の多様な生き方があり、自然がもたらす四季の変化があり、その中で様々な価値が生み出されることを意図しています。そうした場を作ろうということが梅北の基本デザインとなっているのです。

[図3]うめきた2024構想
出典:慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室
うめきた2024構想

[ 脚注 ]

*1
GAFA:インターネットサービスを主ビジネスとする、グーグル(Google)社、アマゾン(Amazon)社、フェイスブック(Facebook)社、アップル(Apple)社の4企業のこと
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