No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

Expert Interviewエキスパートインタビュー

アメリカで進むアプリを利用した定期健診、アプリも薬の一種

宮田 裕章氏

── 具体的にどのような事ができるのでしょうか?

がん患者は再発への恐れや様々な理由から再受診の機会を失い、そのためにがんが更に進行してしまうことがあります。それは決して患者本人のせいではありません。そこで、がんの再発徴候管理にICTを活用する方法を、米国のある病院が導入しました。定期的に送られてくる質問にWeb経由で答え、再発の兆候がみられたら、病院に来るよう指示するというシンプルな仕組みです。ただこの仕組みががんの生命予後の改善を実現しました。現在であればこのコミュニケーションにチャットボット*4を活用すればより、効果的なソリューションを構築できるでしょう。さらに、FDA*5が踏み込んでいるのは、「患者の治療に役立つモノは、アプリであろうと薬として認める」という認可を、2017年9月に通したことです。これまでは、錠剤を呑ませ、生化学的な反応により病気を改善させることが治療でしたが、アプリも薬として認められるようになったのです。現在平均1400億円を超えると言われる医薬品開発ですが、費用対効果に優れる、新しいソリューションが到来したといえます。

── 日本でもそのような動きはあるのですか?

『治療アプリ』という、既存の薬物療法や医療機器による治療とは異なる治療法を確立しようとしているベンチャーがあります。臨床試験で優位な実績をあげており、薬事承認の手続きが進められています。5月にはWHOがデジタルヘルスにおけるガイドラインを発表しました。誰もがスマートフォンを手にする時代、デジタルヘルスの進化は世界的にさらに加速するでしょう。

アメリカのジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson&Johnson)社やスイスのロシュ(Roche)社といった既存のヘルスケア企業だけではなく、アップル(Apple)社やフィットビット(FitBit)社も多くの試みを行っています。今年3月に開催されたACC2019でAppleは、Apple Heartを発表しました。Apple Watchで不整脈を検知するには未だ道のりは遠そうですが、AppleのCEOのTim Cookは「来る未来、人類へのAppleの最大の貢献は何でしたかと尋ねたなら、それは健康に関わるものとなるでしょう」と答えています。要は、デバイスを販売する企業ではなく、健康にコミットする企業にシフトしていくというわけです。

デジタルヘルスにおけるAIの医療への活用

── 医療はAIの大きな応用分野の一つでもあります。日本のAIシステムはどうなっていくべきでしょうか

AI自体の要素技術は重要です。AIは、単一なアルゴリズムではなく、データも含めて、そのプラットフォームをどう設計するかが重要で、かなりのレベルまで実現できています。きっかけは、業務負担を減らす目的で始めた滋賀県の医師のネットワークにありました。医師と話をしてわかったのですが、検体をクラウドに上げるのは技師の仕事で医療行為ではないそうです。ならばシェアリングエコノミー*6の発想で、検体が入手できたら、それをバーチャルスライド*7のある所に速達で送り、クラウドに上げてもらう。診断行為と検体をクラウドに上げる行為を分ける事で、コストを抑えたクラウド診断ができるようになります(図6)。

[図6]クラウドを用いた病理診断ネットワーク
出典:慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室
クラウドを用いた病理診断ネットワーク

AI利用施設の数を増やすべき

日本では病理医が足りませんが、AIを使うと効率を上げることができますから、こういったプロジェクトに参加してもらいやすい。こうした取り組みやAIを使った施設が数十から数百になると、たとえグーグルや中国がこの分野に来ても勝負できます。AIの学習データが溜まると正解確率は徐々に上がっていきます。こうなるとプラットフォームができる可能性も出てきます。

── AIによって専門医が淘汰されるという事でしょうか?

いいえ、専門医が不要になるわけではありません。一定以上の高度な仕事では、専門医が必要です。がん研有明病院では、経産省と一緒に海外の病理の仕事を取っています。今のところは難しい仕事しか来ないのでビジネスに成りにくいのですが、簡単な仕事はAIに任せて安価とし、難しい仕事は専門の数百の施設と連携して高い報酬を取るようにすれば、海外の仕事を一手に受けられるようになるのではないかと思います。

画像診断で世界に貢献

医療や社会システムを日本市場だけで考えると、どんどん縮小してしまいますが、世界と連携すれば、むしろ市場は拡大するはずです。世界を支えることで、日本の未来も開けるかもしれません。日本の将来を考えると、最先端技術と職人文化が連携しながら、日本だけではなく世界を支えるという視点が重要になってくるでしょう。その先駆けとして、画像診断分野があるのです。専門家が淘汰されていく未来ではありますが、人口減少という危機を一つのチャンスと考えながら、システム全体として世界を支えていく訳です。当初は、ODAを付ければ、患者は実質無料で診断サービスを受けることができるでしょう。また、そうした貢献をすれば、日本もこのネットワークに残りやすくなります。

[ 脚注 ]

*4
チャットボット:「対話(chat)」する「ロボット(bot)」という2つの言葉を組み合わせたもので、テキストや音声を通じて会話を自動的に行うプログラムのこと。
*5
FDA:Food and Drug Administrationアメリカ食品医薬品局。アメリカ合衆国保健福祉省配下の政府機関。連邦食品・医薬品・化粧品法を根拠とし、医療品規制、食の安全を責務とする。
*6
シェアリングエコノミー:共有型経済。個人や企業、非営利団体などが所有する物や遊休資産、ノウハウなどをインターネットを介し他者と交換・共有することで成り立つ経済の仕組み。貸し主はレンタル料などの収入が得られ、借り主は所有することなく、必要なときだけ活用できるという利便性が得られる。
*7
バーチャルスライド:検体をデジタルデータに変換してクラウドに上げておくためのデータ。
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