No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

連載01

ヘルスケア/メディカルに半導体チップが生きる。

Series Report

ウェアラブルは乳がんも検出

これまでの活動量計にはない機能を搭載したウェアラブルデバイスを開発する企業も出てきている(参考資料4)。例えば、乳がんを検出するウェアラブルデバイスも開発中だ。

乳がんは世界中で毎年170万人もの患者が新たに現れる、女性にとって深刻な病気である。医師はマンモグラフィの定期検査を勧めるが、早期では腫瘍をうまく見つけられないこともある。そこで、乳がん検出用デバイスiTBra(図2)を使って早期発見を行うという試みを、アメリカのサイケーディア・ヘルス社(Cyrcadia Health)がはじめた。これは、ブラジャーの中に左右各1個の小さなウェアラブルデバイスを装着して、組織内のわずかな変化を検出するものだ。これを装着すれば24時間測定できるため、早期発見が可能になる。

[図2] 乳がんを検出するウェアラブルデバイス
出典:Cyrcadia Healthのホームページから
乳がんを検出するウェアラブルデバイス

このウェアラブルデバイスは、乳がんにより腫瘍細胞が活性化することと相関がある24時間周期の代謝熱の変化をモニターするという。測定データはPCやモバイルデバイスなどに送られ、医師と情報を共有する。この新しい技術は、女性の4割に相当する乳腺密度が高いがんを検出するのに有効とされる。各自で早期発見することが可能になるため、生体検査の数を減らすことができるという。

このデバイスのメリットは、非侵襲性――すなわち人間の身体を傷つけずに検査できるという点だ。ただし確度は100%ではない。しかし、これを乳がんのスクリーニングとして使い、疑わしければマンモグラフィで確認する、という2段階を踏めば、より早期に発見できる。

脈波から血圧を検出する

これまではできなかった血圧の連続測定データも、ウェアラブルデバイスであれば可能だ。これにより、病気の早期発見・早期治療につながる可能性が高まる。

ある医師によると、血圧測定によって病気の8割は発見できるという。ただし、血圧はこれまで不連続にしか測れなかったために、患者の血圧がいつピークに達するのか、知ることができなかった。例えば、家では具合が悪いのにも関わらず、病院へ行くと正常範囲に収まることがよくあるが、そのような場合は早期に病気を発見できない。しかし、簡単なデバイスで血圧を連続的に測れるようになると、自宅でも血圧が高い時刻を検出できるようになる。

ウェアラブルデバイスで血圧を連続測定するには、脈波と血圧が相関を示すことから、脈波の伝搬速度(PWA: Pulse Wave Velocity)を利用する。心臓から押し出された血液が足まで届く時間を計測することによって、脈波の伝達時間が求められる。図3に示すように、心臓が血液を押し出すときの心電図の最高値(R波)と、血液が足に届いたときの脈波の最低値(フットポイント)との時間差PTTが脈波伝搬時間である。

[図3] 血圧算出モデル
出典:東京大学
血圧算出モデル

血圧は、血管の内側に不要な物質が付着したり、血管が硬くなったりして、血液が流れにくくなることで高くなる。このため、血管の内径や厚さや、血管の硬さ、血液の密度など、被験者に依存するパラメータを方程式に加えて、血圧を算出する。ただし、被験者依存性が強いため、正確な値を求めることは難しい。しかし、収縮期血圧と脈波伝搬時間との間に強い相関関係があることを利用すれば、おおよその血圧を求めることはできる。

脈波伝搬時間を利用する方法では、1心拍ごとの血圧測定ができるため、連続測定が可能になる。これまでは、突然血圧が上がるような状況では、血圧を測定できなかった。例えば、真冬に暖かい部屋から寒い風呂場に入って血圧が急上昇するような状況で、血圧を測定する人はいないだろう。そのため、通常は安静時の血圧を測定することになるのだが、それでは病気の予兆を早期に発見できなかったのだ。しかし、血圧の連続測定が可能になり、しかもそのデータを病院に送信できるようになると、病気の早期発見や早期治療が可能になる。

ただしこの方法は、心電図データも必要となる。そのため、胸部に心電センサを張り付ける必要があり、アップルウォッチやフィットビットのようなウェアラブルデバイスだけでは血圧を連続測定できない。それでも、ウェアラブルデバイスで血圧の連続測定につなげようとする試みはある。東京大学病院の循環器内科において、集中治療室内の患者12名を被験者として、心電センサと脈波センサを装着した実証実験が行われている(参考資料5)。ここでは、脈波伝搬速度を利用する新しい方法と、カテーテル検査*2との相関をとっている。

さらに、東京大学病院の老年病科においても、高齢者を対象とした短期血圧変動の実証実験が行われている。ここでは、座位、臥位、立位、さらに食事時など状況を変えて、この新しい方法と、24時間血圧計を利用する方法との相関をとっている。さらに、暗記や暗算といった精神的な負荷と、階段昇降という肉体的な負荷を加えた場合の血圧の相関についても調べ、データの相関係数を求めるための回帰モデルも開発している。

[ 脚注 ]

*2
カテーテル検査:
カテーテル検査:心カテーテル検査、心臓カテーテル法ともいう。手首や腕、脚の付け根などの血管から、カテーテルと呼ばれる細長い管を心臓まで挿入し、血圧を測定したり造影剤を注入して、心臓の各所の大きさ、筋肉・弁膜の動き、冠状動脈の状態などを調べたりする。
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