No.023 特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

No.023

特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

連載01

実用化が間近に迫る究極のバッテリー、全固体電池

Series Report

ブレイクスルーとしての酸化物型全固体電池

安全なウェアラブル機器を実現するためには、リチウムイオン二次電池に抜本的な改良を加える必要がある。こうした要求に応える技術として大きな期待が掛かっているのが、この連載の主役である全固体電池である。リチウムイオン二次電池の安全性を下げる原因となっている可燃性液体の電解質やセパレータなどを、安定した燃えない固体電解質に変えれば安全性を劇的に向上できる。

ウェアラブル機器向けでは、全固体電池の中でも特に安全性の高い酸化物型と呼ばれるタイプの技術開発が進められている(図4)。酸化物型とは、全固体電池を構成する際の鍵となる固体電解質として、酸化物系の材料*3を採用しているものだ。ちなみに、電気自動車(EV)のバッテリー向けとしての利用を想定して開発が進められているのは、硫化物型と呼ばれる、大出力の電池を作りやすい硫化物系材料*4の固体電解質を利用するタイプである場合が多い。

[図4]酸化物型全固体電池の構造
出典:TDKのホームページ
酸化物型全固体電池の構造

硫化物型でも、酸化物型でも、現状のリチウムイオン二次電池に比べれば、格段に安全性が向上する。しかし、硫化物系固体電解質では破損時に空気中に含まれる水分に触れると、有毒な硫化水素ガスが発生する可能性がある。これでは、人間がいる車室空間にはバッテリーを置かないEV向けに利用することはできても、直接身に着けるウェアラブル機器には使えない。このため、安全性の確保に万全を期す必要がある応用には、酸化物型の利用を想定することが多い。

酸化物型全固体電池には、安全性向上以外にもメリットがある。酸化物系の固体電解質材料は、耐熱性が高い。この性質を利用すると、電子機器を組み立てる際の半導体などをプリント配線基板に一括はんだ付けするリフロー*5工程で、バッテリーを一緒に実装できるようになる。これによって、バッテリーの組み込み作業が劇的に楽になり、組立コストの低減につながる。さらに、小さなバッテリーをプリント配線基板上の隙間や空きスペースに搭載することで、無駄のない実装が可能になり、機器の小型化やデザインの自由度の向上に貢献できるようになる。つまり、ウェアラブル機器に求められるデザイン性、美しさを追求しやすくなる。

また、一般に、二次電池は、使用する電極材料の物性によって、エネルギー密度やパワー密度、寿命、出力電圧などが変化する。より高性能な二次電池を作るためには、目的に合った特性を実現できる電極材料を自由に選びたいところだが、実際には電解質など他の部材との相性があって、好き勝手に材料選びをすることはできない。だが、酸化物系の固体電解質は化学的に安定しているため、用途に応じた電極材料を比較的自由に選択して利用できる。

この特徴は、未知の優れた電極材料が登場した際にも、比較的容易に対応できるメリットになる。さらなるダウンサイジングの要求を見据えると、現状のリチウムイオン二次電池でも、エネルギー密度は十分とは言えない。電極材料を改善して、もっとコンパクトなバッテリーに大電力を蓄積できるようにしたいところだ。酸化物型全固体電池に関連した技術を確立することができれば、新しい電極材料を早期実用化できるようになるとみられている。

酸化物型はエネルギー密度の向上が困難だった

安全性など様々なメリットがある酸化物型全固体電池だが、現時点では欠点もある。エネルギー密度の向上、言い換えればコンパクトで大容量の高い電池や出力が大きな電池を作るための生産技術の難易度が高いことだ。

酸化物型でエネルギー密度の向上が難しい理由は、硬いセラミックスの微細粒子を粘土状にしたものを成形し、焼結させて固体電解質を作っているからだ。エネルギー密度を高めるためには、固体電解質内部での電荷の移動をスムーズにすること、電極と固体電解質を密着させて電荷の受け渡しを容易にすることの2つが求められる。

いずれの問題も、材料開発と共に、成形・焼結のプロセス開発がポイントになる。硬い粒子を焼結させるとどうしても固体電解質の表面に細かな凸凹が出来てしまい、電極に密着させることが困難だった。ちなみに、硫化物系材料はゴムのように柔軟な機械的性質があるため、電極と比較的密着させやすい。

ウェアラブル機器では、ユーザーの活動状況や健康状態を映したデータを取得・処理・通信し、さらに情報を出力する機能が求められる。このため、長時間にわたる利用を可能にする電池の持久力と、突発的な高負荷の処理にも対応可能な瞬発力が求められる。そこで、酸化物型全固体電池の開発では、いかにしてエネルギー密度を高めるかが、開発の焦点になる。

[ 脚注 ]

*3
酸化物系の材料:酸化物系の材料:代表的な酸化物系の固体電解質材料として、LAGP(Li1.5Al0.5Ge1.5(PO4)3)がある。
*4
硫化物系材料:代表的な硫化物系の固体電解質材料として、LGPS(Li10GeP2S12)がある。
*5
リフロー:電子機器の組み立てライン中のプリント基板上に電子部品をはんだ付けする工程の一種。基板上にあらかじめ塗っておいたクリーム状はんだの上に必要な電子部品を置き、それを炉で加熱してはんだを溶融させることで、基板と電子部品を一括接続する。
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