No.024 特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

No.024

特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

連載01

“非密”のテクノロジーを活かせ

Series Report

日本のビル管理基準に沿った換気ができていれば密閉にはならない

ウイルスが滞留しやすい密閉された空間は、様々な場所に存在する。特に都市部には、映画館やカラオケボックス、高層ビル、地下街など自然換気ができない施設や建物が数多くある。また、病院や工場なども、衛生上や安全上の理由から密閉空間が作られている場所がある。さらに、バスやタクシー、鉄道など公共交通機関も密閉空間の代表例である。実際、日本では、新型コロナウイルスの感染拡大初期には、客船や観光バスなどでクラスターが発生し、問題視された。

2020年3月30日、日本政府のコロナ禍対策の司令塔である「新型コロナウイルス厚生労働省対策本部」は、多くの人が利用する商業施設などでの「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気の指針を明示した。これは、有識者の意見を聴取しつつ、文献上のエビデンス、国際機関の基準、国内法令基準などを総合的にまとめたものだ。それには、ビル管理などで定められている既存の換気基準の枠内で、新型コロナウイルスの感染拡大につながるような密閉空間になり得るかどうかが考察されている。

その指針では、日本のビル管理法で定められた換気量の基準である、一人当たりの必要換気量毎時約30m3を満たせば、「換気の悪い密閉空間」には当てはまらないと結論付けている*1(図2)。つまり、日本のビルの多くは、想定されている利用状態の範囲内ならば、何の対策を施さなくても「換気の悪い密閉空間」にはならないということだ。ちなみに、この換気量の基準は、元々、人が吐く二酸化炭素(CO2)で酸欠状態にならないようにするためのものである*2

[図2]ビル管理法における空気調和設備を設けている場合の空気環境の基準
出典:厚生労働省
ビル管理法における空気調和設備を設けている場合の空気環境の基準

頻繁に換気すればよい、ということではない

ただし、世の中にある設備や施設が、想定を超える状況で利用されるケースは多い。東京など大都市の通勤ラッシュで、「電車の乗車率が200%」などというケースは頻繁に発生する。そこで、新型コロナウイルスへの感染を防ぐためのより厳しい基準として、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)や WHOが策定した、急性呼吸機感染症(ARI)患者の隔離施設の基準である換気回数を毎時12 回(新規の建物の場合)、毎時6回(既存の建物の場合)を基にした対策の実践も検討されている。

しかし、これはあくまでも医療機関の隔離施設の基準。一般商業施設などに適用する場合の安全率としては厳しすぎるというのが対策本部の見解だ。過度の換気が、別の感染拡大の要因を生み出す可能性があるからだ。

仮に、換気回数を毎時6回にすると、一人当たりの換気量は毎時144m3、ビル管理法の基準の約 4.5 倍になる。一見、換気回数を増やすくらい簡単なのではないかと思いがちだが、窓が開かない高層建築や窓がない地下施設などはそう簡単にはできない。また、基準以上の換気をするためには、外気の大量導入による湿度低下に留意する必要があるのだという。湿度が大きく低下すると、気道粘膜を乾燥させ気道の細菌感染予防作用を弱めるとともに、飛沫中のウイルスを不活性化するのに要する時間が長くなってしまい、逆効果になるからだ。このため、湿度を維持するための何らかの追加設備が必要になってくる。要するに、換気しすぎもよくないということだ。

そこで、外気を導入するのではなく、ウイルスを濾し取るHEPA フィルター*3を用いて室内空気を循環させるという方法も検討されている。しかし、この方法では通気抵抗が大きくなって循環設備の稼働音がうるさく、一般の建築物の空調設備で実践することが難しい。対策本部は、外気の取り入れによる換気が現実的だとしている。

最新スパコン「富嶽」を使って電車内の感染リスクを評価

では、電車やバスなど公共交通機関はどうか。感染対策として、窓を開けて換気する電車やバスが増えた。その効果はどうなのだろうか。

理化学研究所などが、スーパーコンピュータ「富岳」を使って、電車内での飛沫やエアロゾル感染のリスク評価シミュレーションを実施した(図3)。想定したのは、東京のJR東日本 山手線といった通勤列車の、閑散時(1両当たり18人/定員160人)と混雑時(同229人/定員160人)であり、窓の開閉による換気がリスク低減に与える影響を評価した。評価の結果、窓を占めた状態でのエアコンによる換気量は毎時1560m3だが、窓を空けることで2~3倍にまで高めることができることが確認されている。

[図3]「富嶽」で電車の窓開けによる換気効果を検証
シミュレーションで用いた混雑時のモデル(左上)と閑散時のモデル(右上)、車両全体の推定換気量(左下)と乗客一人当たりの推定換気量(右下)
出典:理化学研究所
ビル管理法における空気調和設備を設けている場合の空気環境の基準

乗客一人当たりに換算すると、閑散時には窓を閉めた状態でも一般的なオフィスの約3倍に当たる毎時87m3 の換気が可能であり、感染リスクの低減に十分だという。しかし、混雑時には毎時7m3にまで落ちる。それでも窓を開けることで、一般オフィスと同等にまで改善することが可能になる。ただし、閑散時には車両内のあらゆる場所で気流の流れが良いのに対し、混雑時には流れが不均一でよどんでいる場所が出てくることには注意が必要だ。

[ 脚注 ]

*1
ただし、「この換気量を満たせば、感染を完全に予防できるということまでは文献などで明らかになっているわけではないことに留意する必要がある」というただし書きがついている。
*2
CO2濃度は一定の値を超えると集中力の低下や眠気、頭痛などを引き起こすとされている。多くの人が、長時間にわたって密閉した室内に滞在すると、呼気によってCO2濃度が上昇する。このことから、室内の換気状態の目安として用いられている。
*3
HEPA (High Efficiency Particulate Air Filter)フィルター:空気中からゴミ、塵埃などを取り除き、清浄空気にする目的で使用するエアフィルタの一種である。使われているろ紙は、主に直径1~10 µm以下のガラス繊維でできている。空気清浄機やクリーンルームのフィルターとして用いられることが多い。
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