No.024 特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

No.024

特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

連載01

“非密”のテクノロジーを活かせ

Series Report

セキュリティ確保の王道だったVPNは時代の要請に合わなくなった

そもそも、前述したVPN渋滞も、セキュリティチェックの部分に利用者が殺到し、渋滞を起こしていたわけである。セキュリティの考え方を根本的に変えることで、セキュリティ確保の問題とVPN渋滞の解消の両方を実現する方法も出てきた。

その一つが、社内ネットワークの守りをどう固めるかという従来の考え方から、業務アプリやデータをサイバー攻撃からどう守るかに注力する「ゼロトラスト・ネットワーク・アクセス*4」と呼ぶ考え方だ(図4)。ネットワークは全て危険だと認識し「何も信頼しない」というアイデアである。

[図4]ゼロトラスト・ネットワーク・アクセスのコンセプト
出典:フォーティネットの資料
ゼロトラスト・ネットワーク・アクセスのコンセプト

伝統的なセキュリティ手法においては、社内ネットワークは安全な聖域であって、その他は危険な場所とみなす考え方が根底にある。こうした考え方に基づき、ファイアウォールなどのセキュリティ機器で企業ネットワークの内側と外側を区切り、内側への侵入を防ぐことを主眼に置く方向は「境界型防御」と呼ばれる。

ところが、境界型防衛は、現在のネットワーク利用の状況に合わない点が多々出てきた。業務でのクラウド利用が一段と進んだことで、守るべきデータやアプリケーションの多くが境界の外、つまり社外に置かれるようになった。こうした状況下で、コロナ禍によって従業員が自宅で業務を行うようになったのだから、社内ネットワークを聖域にする意味がそもそもなくなり、効率的でもなくなってきている。加えて、近年では「標的型攻撃」と呼ばれる手法によって、従業員のアカウントを乗っ取り、それを踏み台に社内ネットワークへと侵入するサイバー攻撃が多発している。一度、安全だと信じ切っている社内ネットワークへの侵入を許すと、聖域内では大したチェックをしないため、侵入者によって社内のデータやアプリケーションに自由にアクセスされてしまう。つまり、聖域を作ること自体に無理が出てきている。

こうした時代に適応するセキュリティの確保に向けたゼロトラスト・ネットワーク・アクセスでは、ユーザーが業務アプリケーションやデータを利用する際には、ユーザーの属性や端末の情報、アクセス元のネットワークなどを逐一チェックし、その都度、利用の可否を判定する。この方法ならば、元々あらゆるネットワークからのアクセスを等しく信頼していないため、社内と社外の区別が無くなり、VPNは不用になる。コロナ禍以前にゼロトラスト・ネットワーク・アクセスに対応したシステムを導入した企業の中には、数万人規模の従業員が何の支障もなく在宅勤務しているところもある。

コロナ禍が本格的なDXを推し進める転換点に

コロナ禍が沈静化すれば、果たして完全に元の生活に戻るのだろうか。これまでの世の中の動きを見ている限り、コロナ禍を契機に、人々の生活様式や仕事の進め方は確実に変わり、コロナ以前と同じ状態にはなりそうもない。既にその兆しは出てきている。富士通は、2020年以降3年間をメドに国内グループ企業を含めたオフィスの数を半減させることを発表した。また、ホンダは通勤手当を廃止し、代わりにテレワーク手当を支給することにした。いずれも、今後はテレワークなどバーチャルな場での業務が増え、直接社員が対面して仕事する機会が減ることを見越した後戻りを考えていない措置だ。

「新型コロナウィルスは生活様式や仕事の進め方を変えていく、転換点と考えるべきだ」。多くの企業や学校、行政機関は、こう考え始めている。コロナ禍によって、いわば強制的にテレワークなどを大規模実施してみたら、思いのほか効率的に仕事が進んだ部分が多かったからだ。今風の言葉で言い換えれば、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の効果を、多くの人が肌感覚で実感したということだ。

野村総合研究所が2020年6月4日に公表した売上高1000億円以上の企業を対象にした調査には、このことを裏付ける結果が出ている(図5)。コロナ禍を受けて「ITやデジタルを活用したビジネスモデルの見直しや新規事業検討の必要性の変化」を尋ねたところ、「必要性が大きく高まった」または「必要性が高まった」と回答した企業が合計88.4%あったという。多様な働き方を許容し、支援できるレジリエンス(しなやかな強さや回復力)の高い働き方の実現が、企業競争力を高めると多くの企業が考えているのだ。

[図5]1000億円以上を売り上げる企業が考えるコロナ禍によるITやデジタルを活用したビジネスモデルの見直しや新規事業検討の必要性の変化
出典:野村総合研究所のニュースリリース
1000億円以上を売り上げる企業が考えるコロナ禍によるITやデジタルを活用したビジネスモデルの見直しや新規事業検討の必要性の変化

教育現場でも、遠隔授業を実施したことで学生の参加意欲が対面授業より高まったとの声が出てきている。コロナ対応の一環として、従来のように教員が一方的に話し続ける授業ではなく、バーチャルな場でのグループワークなどを実践する大学が増えている。そして、こうした工夫によって、学生がより自発的に学ぶ環境を作り出せている例が出てきている。文部科学省もこうした点に注目し、各大学の事例を集めて今後の教育手法の改善を推し進めていく方針を打ち出している。

[ 脚注 ]

*4
ゼロトラスト・ネットワーク・アクセス:2010年にアメリカの調査会社フォレスターリサーチが提唱した概念。長らく概念だけが先行していたが、2017年にGoogleがゼロトラスト・ネットワーク・アクセスに全面的に移行したと発表したことを契機に、広く注目が集まるようになった。
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