No.024 特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

No.024

特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

連載01

“非密”のテクノロジーを活かせ

Series Report

VRを活用して臨場感のあるバーチャルイベントを実施

エンターテインメントやスポーツなどのイベントも、コロナ禍の影響をもろに被った分野である。ソーシャルディスタンスの確保が強く求められるようになって以降、イベントの中止が相次ぎ、その代替としてインターネットを通じて実施するオンラインイベントに注目が集まるようになった。

ただし、少人数が集まるコミュニケーションの場の実現が重要になるテレビ会議とは異なり、会場の臨場感や一体感が求められるイベントでは、さらに一工夫が必要になる。単に、映像などコンテンツを流すだけではイベントとしては成立しないからだ。そこで利用する試みが増えてきているのが、仮想現実(Virtual Reality:VR)空間のイベントスペースの活用である。

KDDIは、2020年3月24日に開催予定だった「MUGENLABO DAY 2020」の会場を、コロナ禍の影響を鑑みてVRイベントスペース「cluster」に変更(図6)。バーチャルイベントとして実施した。clusterでは、他の参加者が3Dモデルのアバターの姿で表示されている。また拍手や笑い声、「いいね」マークなどの「エモーション」を使って、参加者同士でコミュニケーションを取ることができる。

[図6]VR技術を使ってバーチャルイベントを開催(イメージ図)
出典:KDDIのニュースリリース
VR技術を使ってバーチャルイベントを開催(イメージ図)

また、VR技術の専門家が集まる国際会議である「IEEE VR 2020」では、全ての講演や発表をオンライン会議システムで実施した。IEEE VR 2020で使用したのは、Webブラウザーから利用可能なソーシャルVRプラットフォーム「Mozilla Hubs」である。発表会場となる仮想ルームを3Dオブジェクトなどを活用して作成し、講演を聴いたり、ポスターセッションや展示デモなどを、Webブラウザーの2D画面だけで見たりすることができる。VR用ヘッドマウントディスプレー(HMD)を使えば、その会場にいるかのような没入感の高い体験もできる。

遠隔地でリアルな作業をするためのテレイグジスタンス

テレワークなどが定常化していけば、離れた場所にいる人がサイバー空間で違和感なく集まり、当たり前のように仕事をすることになることだろう。ただし、遠隔地から現実世界にあるモノや人に向けて、何らかの作業をする場合には相応の仕掛けが必要になってくる。こうした仕掛けは、現時点ではまだ実用化していない。ただ、アバターロボットを活用した「テレイグジスタンス」と呼ぶ技術は、こうした要求に応える技術の候補である。

テレイグジスタンスとは、遠方にいる人の動作を、現場に置いたアバターロボットを使ってリアルタイムで再現する技術である。人が意識してアバターロボットを操作するのではなく、センサーやカメラで動きを検知して無意識のまま操作できるようにし、さらにロボットが人のように振る舞った際に感じた感覚をフィードバックする。こうすることで、使用者が、あたかも現場に実際に赴いているかのような錯覚を感じることができるようになる。

テレイグジスタンスは、密集を避ける目的以外にも多くの利用価値がある。最も端的な例は、遠隔医療による触診などへの応用が考えられる。たとえ相手が新型コロナウィルスに罹患した患者でも、安全に医師が診察・治療に当たることができる。さらに将来的には、使用者側の動きをアバターロボット側で力を増幅して表現し、高齢者や障害者が現場で力仕事をすることもできる。これは、これからの多様な人材の有効活用には欠かせない特徴になる。

テレイグジスタンスは、既に多くの実証実験が行われるようになった。例えば、ファミリーマートはTelexistenceと共同で、コンビニの商品陳列業務をテレイグジスタンスで行う実証実験を実施した(図7)。

[図7]ファミリーマートでのテレイグジスタンスによる商品陳列の実証実験
出典:Telexistenceのニュースリリース
ファミリーマートでのテレイグジスタンスによる商品陳列の実証実験

ソーシャルディスタンスをシステムで守る

いかにバーチャルな場が発達しても、実際に人が集まらないと成立しない業務や作業もある。そうした際には、ソーシャルディスタンスを確実に確保するための仕組みが必要だ。密集状態を自動的に発見し、アラート(警告)を出す情報システムが開発されている。

NECは、店舗の防犯カメラなどの映像から人同士の距離が保たれていることを自動確認できる技術を開発した(図8)。店舗や街頭の防犯カメラなどの映像を人工知能がリアルタイムで分析し、個人を特定せずに人と人の距離が一定以上に保たれていることを確認する。AIは映像に映っている人の姿を認識し、それぞれの人の周囲半径1mの範囲に青色で円を表示。円と円が重なると色が赤に変わり、人どうしが近づいていることを示す仕組みである。そのうえで、映像の中の赤い円の割合を計算して人の密集度合いを数値で示す。これによって、店舗が利用客に混雑の注意を促すといった対応が取れるとしている。

[図8]カメラで撮影した画像からソーシャルディスタンス(2m)を判定
出典:NECのニュースリリース
カメラで撮影した画像からソーシャルディスタンス(2m)を判定

東芝も、店舗や街頭の防犯カメラの映像から人の頭の部分を認識し、瞬時に人数を割り出す技術を開発した。人数の変化を追い続け、映像の中で人の密度が高い場所が見つかると、その部分を赤く表示するものだ。最大で3000人程度まで人数を把握できるほか、大規模な商業施設など、多くのカメラがある場合もパソコン1台で分析できるという。

コロナ禍は、生活様式や仕事の進め方が大きく変わる転換点である。密集しなくても密なコミュニケーションを取るための手段、また普段の生活の中で密集状態が生まれないようにする手段は、これからも続々と提案されてくることだろう。次回は、三密のうち人やモノが“密接”しなくても不都合のない仕掛けを作る技術の利用動向について解説する。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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