No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

Visiting Laboratories研究室紹介

西森 秀稔教授

アンテナの広さが研究の深さにつながる

TM ── 研究室では、どのように指導されているのでしょうか。

西森 ── 大学院生が相手なので、細かな指導というほどのことはあまりしていません。ただ一つだけ、とにかく自分がおもしろいと思えるテーマを見つけるのは重要だとは言っています。とはいえ、最初から勝手にやれと言われてもなかなかできないので、いくつかテーマを与えて関連する論文を渡します。その中から面白いテーマを見つけてくれたらよいのです。

TM ── 大学院生に対して、何を期待されているのでしょう。

西森 ── 理想は、自分で問題を見つけてきて、自力で解いて、論文発表まで持っていけることです。とはいえ、問題探しが難しい。要するに、ある程度の努力で解ける問題を見つけるのが至難の業なんです。

TM ── 解ける解けないの見極めは難しそうですね。

西森 ── 解けない問題なら、いくらでも思いつきます。けれども、1年ぐらいのスパンで成果を見込める問題となると、そう簡単には見つかりません。見極めにはまず経験が必要であり、その上で勘も求められる。だから修士課程の2年の間に、問題を見極める力だけは身につけてほしいと期待しています。こうしたトレーニングを積んだ上で博士課程に進むと、自力で問題を探してくる人が増えてきます。

TM ── 問題の探し方についてコツのようなものはあるのでしょうか。

西森 ── ありきたりですが、アンテナを広げることと考え続けることしかありません。いろんな論文を読むことは大前提として、自分とは異なる研究分野の人と話して情報を仕入れたり、論文とまったく関係のない本を読んだりするのも良いでしょう。私も学生時代には小説をたくさん読みました。三島由紀夫も全巻読破していたために、結婚前に家内が友人から「危険思想の持ち主じゃないの」と忠告されたそうです。

TM ── 先生ご自身は研究テーマをどのようにして見つけられたのでしょう?

西森 ── 東京大学理学部4年生のときに鈴木増雄先生の研究室に入り、先生からいくつか示されたテーマの一つをおもしろいと思い、そのままずっと追い続けてきました。ただし、その問題そのものは、実は解けないタイプのものだったのです。けれども一生懸命に考え続けた結果、少し問題を変えると解けることを突き止めました。

TM ── 研究から成果を出すに至るのは厳しい道のりですね。

西森 ── 研究とは基本的にうまくいかないもので、1000アイディアを思いついたら、ゴールまでたどり着けるのは3つでしょう。しかも、その3つをさらに1000ぐらい集めた中で、良い仕事になるのが3つ出るかどうか。要するに0.3%×0.3%、思いついたアイディアのうち0.0009%しか後に残る仕事にはならないのです。考え続けること、考え続けるためのネタの仕入れをし続けることです。研究者の一番重要な資質は,失敗し続けてもめげないことかもしれません。

TM ── 研究室を維持していく上で、院生に期待する役割は何かありますか。

西森 ── 理論研究なので基本的には一人ひとりが自分のテーマを突き詰めていくだけです。ただし、自分とは異なる考え方に触れて頭を刺激するために、ディスカッションは積極的に行うように奨励しています。

TM ── 学位を取ることについてのお考えをお聞かせください。

西森 ── 学位はマイルストーンでしょう。これをクリアすることによって次のステージに進めます。博士論文はオリジナルな成果はもちろん、背景の説明も求められます。専門家以外にも背景がきちんとわかるように説明する過程で、視野がぐっと広がるのです。世間では博士人材を視野の狭い人と誤解しがちですが、学位論文を書く課程で視野を広くする訓練を受けています。博士号を持った人材には今後、活躍していただきたいと思います。

東京工業大学東京工業大学

西森 秀稔教授

Profile

西森 秀稔(にしもり ひでとし)

1954年生まれ。物理学者。東京大学大学院理学系研究科を修了後,約2年間のアメリカでのポスドク(博士研究員)を経て東京工業大学で助手,助教授を務め,現在同大学教授。統計力学および量子力学の基礎的な理論研究に従事。

Writer

竹林 篤実(たけばやし あつみ)

1960年生まれ。ライター(理系・医系・マーケティング系)。

京都大学文学部哲学科卒業後、広告代理店にてプランナーを務めた後に独立。以降、BtoBに特化したマーケティングプランナー、インタビュワーとしてキャリアを重ねる。2011年、理系ライターズ「チーム・パスカル」結成、代表を務める。BtoB企業オウンドメディアのコンテンツライティングを多く手がける。

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