No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

Cross Talkクロストーク

医療における情報の信頼性について

喜連川 優氏と中山 健夫氏

── インターネット上にさまざまな情報があふれるようになり、医療情報の信頼性が注目されています。

中山 ── 医療行為の有効性に関する情報には、その信じられる程度に違いがあります。EBMの普及と共に、「エビデンスのレベル」として知られるようになりました。近年では、さらに考え方が精緻化されているのですが、最も信頼できるとされたのが複数の研究を系統的に検索し、知見を統合したシステマティックレビュー*5で、次が個々のランダム化比較試験*6、さらにコホート研究*7、症例対照(ケースコントロール)研究*8と続き、医師個人の意見は一般的には低いとされています。この順番は何によるかというと、いかにバイアスがコントロールされているかと言えます。専門家であっても個人的な経験は、先ほどもお話したように多様なバイアスに包まれてしまっています。治療の有効性を調べる上ではランダム化比較試験が、他の研究法よりもバイアスがコントロールされているので、システマティックレビューで得られた複数のランダム化比較試験をまとめたメタアナリシスが、最も信頼できるとみなされます。

今後、医療ビッグデータが活用されるのは、観察的な疫学研究であるコホート研究が中心です。データ数のケタが以前とは格段に多くなることで偶然による誤差は大きく減少しますが、測定されていないバイアスや交絡による系統的な誤差の問題は解決されていません。今後ビッグデータを用いた観察研究から読み取られる新たな知見を、ランダム化比較試験の知見と見比べながら、診療ガイドラインにどのように反映させていくのか。これが今一つの論点になっています。

科学の進歩の流れのなかでEBMを捉える

喜連川 ── ここで少し科学の歴史を振り返ってみましょう。最初の科学、第1フェーズはオブザベーションサイエンス、すなわち観察、観測に基づくサイエンスでした。これが第2フェーズに入るとセオリティカルな(理論上の)サイエンスとなる。理論に基づくサイエンスで、例えばニュートン力学は、運動方程式F=maのように表されます。その後、流体力学が誕生したものの、数式が複雑になり過ぎて、答えがなかなか出せない状態となりました。そのタイミングでスパコンが開発され、コンピュテーショナルサイエンスいわゆる計算科学の時代となったのです。

これが第3フェーズで、現在は第4フェーズのデータ・エクスプロレーション・サイエンス(最近はデータサイエンスとも言われる)に入っています。先ほど中山先生が仰っていたメカニズム論というのは、原子や分子などの物理現象で原理原則をシンプルな方程式で記述できる世界の話に近い。

けれども、実際に一人の人間のなかで起こっている生命現象は、一つの方程式で表現できるほど単純なものではありません。

人間一人分の現象を、単純な方程式で表すことなどは到底できないわけで、データを手がかりとして考えていくしかない。科学の観点からいえば、メカニズム論というのは極めてシンプルであるがゆえに、明確に因果律を記述できる世界です。けれども、そのように簡単に説明できない対象に向かって行かざるを得ず、今やたいていの科学がデータに頼ることとなります。医療だけでなく、農業でも物材と呼ばれる材料研究においても、データを重視する潮流は顕著です。その流れのなかで捉えるなら、医学におけるEBMも必然であり、自然なことだと思います。

中山 ── そう言っていただけると大変勇気づけられます。実は最近あるところで、統計を持ち出さなければならないような学問は、ピュアなサイエンスとは言えないのではないかと指摘されたのです。それで落胆したわけでは無いのですが、「ピュアなサイエンティスト」との距離を改めて感じました。

我々は逆に、統計的に、あるいは確率的に考えなければ人間を理解することなどできないと思っています。人間というのは実に多様性に富んでいるため、タバコを吸っているにもかかわらず長生きする人がいる一方で、タバコなど吸わないのに短命な人もいます。こうした状況のなかで全体像を理解するためには、データを集めて統計的に考えて一般論を出すしかない。このように考えているのですが、喜連川先生から医学をご覧になって、統計的な考え方について、医学者側の受け止め方におけるバラツキのようなものを感じられたりはしませんか。

[ 脚注 ]

*5
システマティックレビュー: 明確に作られた疑問に対し、系統的で明示的な方法を用いて、適切な研究を同定、選択、評価を行なうことで作成するレビュー。定量的に結果を統合したものをメタアナリシスと呼ぶ。
*6
ランダム化比較試験: 研究の対象者をランダムに2つのグループに分け、一方には評価しようとしている治療や予防のための介入を行い、もう片方には介入群と異なる治療、例えば従来から行われている治療などを行う。一定期間後に病気の罹患率・死亡率、生存率などを比較し、介入の効果を検証する。
*7
コホート研究: 研究対象とする病気にかかっていない人を大勢集め、将来にわたって長期間観察し追跡を続けることで、観察開始時点のある要因の有無が、病気の発生または予防に関係しているかを明らかにする。観察的な疫学研究の代表的な方法。
*8
症例対照(ケースコントロール)研究: ある時点で特定の病気にかかっている人(ケース群)と、年齢・性別などの条件が同じで病気ではない人(コントロール群)を集め、過去にさかのぼってその病気との関連が疑われる要因との関係を明らかにする。コホート研究と共に観察的な疫学研究の代表的な方法。
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