No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

Expert Interviewエキスパートインタビュー

高橋 祥子氏

島国のニッポンは遺伝子研究の聖地

── 個人向け遺伝子解析サービスを提供していった先に、どのような世界を作りたいと考えているのでしょうか。

遺伝子の研究領域には、まだよく分かっていない部分がたくさん残っています。そこを解き明かす研究を加速させるお手伝い――疾患メカニズムの解明や、治療法が見つかっていない疾患の克服といったことに協力していきたいですね。たとえば、膵臓がんのように、発見された時には既に末期状態であるような疾患があります。こうした発見と治療が難しい疾患を、遺伝子解析から早期発見するヒントが見つかるかもしれません。また、国が抱える医療費増大の問題や、社会が抱える様々な問題の解決にも寄与できると思っています。

── 大きなビジョンを実現するためには、個人向け遺伝子解析サービスを通じて、より多くのデータが必要になりそうです。

全くその通りで、個人向け遺伝子解析サービスをできるだけ普及させていきたいと思います。この1、2年、サービスの認知度が上がり、利用者の数も伸びてきています。2014年のサービスを開始した当時は、世間はまだ「遺伝子って何ですか」というような状態でしたが、情況はすっかり変わってきました。

── 個人向け遺伝子解析サービスと、蓄積したデータを基にした研究支援を両輪としたビジネスは、やればやるほど精度が高まり、ビジネスの価値が上昇するように思えます。

遺伝子の領域は次々と新しいことが分かってきていますが、まだまだ分からないことも多く、私が生きている間に全部を解明するのは難しいと思っています。しかしそれでも、全容の解明までの時間を速めることにはチャレンジしていきます。

遺伝子を研究する場所として、日本はとても恵まれた環境が整っています。これは、研究への投資が活発とかいった意味ではなく、日本人が持っている遺伝子に、研究しやすい条件が揃っているということです。島国に住んでいるので、遺伝的背景が均質で、疾病や体質といった特徴を抽出する際のノイズが少ないのです。一方、アメリカのような国では、様々な集団の遺伝子が混じっているためノイズが大きいと言えます。そのため、たとえば糖尿病の研究をしたくても、集団の差が出てきて違いが見えにくいという例があります。

── 言われてみればその通りですね。初めて気づかされました。

遺伝子研究において、日本が持つ優位性は、全日本人の財産だと思っています。この幸運を生かさない手はありません。貴重な財産を価値化することがとても大切だと思います。

── 個人向け遺伝子解析サービスの説明には、日本人やアジア系の遺伝子情報を中心にした知見を参照して結果を出していると書かれていました。遺伝子解析の結果を解釈するときに、ヨーロッパ系やアフリカ系にはない特徴がアジア系にはあるのでしょうか。

ヨーロッパ系とアジア系では、遺伝的背景が大きく異なります。たとえば、体格も全く違いますし、平均体温なども違います。すると、代謝系の疾患とか、肥満に付随する合併症である糖尿病などのリスクが全く変わってくるわけです。ヨーロッパ系では糖尿病のリスク因子となっている遺伝子が、日本人では関係がみられないといったこともあります。

ところが、現在世界中で行われているゲノム研究のうち、約8割は欧米系のデータであり、集団的な偏りがあります。アジアは人口が多く、これからも増えていくのに、研究成果の恩恵を受けにくい情況になっているのです。だから、日本人を主としたアジア系のデータをきっちりと蓄積して、それを基にして正確な解析ができる環境を作っていこうと考えています。

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