No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

Visiting Laboratories研究室紹介

東京大学大学院

臨床疫学研究をより精緻にする医療ビッグデータの活用

TM ── 医療ビッグデータを活用すると、医療の不確実性をより減らせると先生は仰っています。そこで伺いたいのですが、そもそも医療ビッグデータとは何なのでしょうか。

康永 ── 医療ビッグデータとひと言にいっても、さまざまなデータがあります。大きく分けると臨床疫学系のビッグデータとライフサイエンス(生命科学)系のビッグデータの2系統があり、我々が主に使う臨床疫学系のビッグデータには、電子カルテ、検査データ、画像診断データなどが含まれます。

TM ── 電子カルテのデータは、患者さんが実際に診療を受けたときの記録ですね。

康永 ── 病状や病気の経過について、患者さんを診療した医師が書いたものです。もう一つ重要なデータが、レセプトデータです。レセプトは診療報酬請求のために医療機関の業務として作成されるデータです。レセプトには、患者さんの病名と治療の履歴、検査や薬の内容、手術の内容などが克明に記されています。ほかにも入院期間や転院、月あたりの外来受診回数なども記されています。

TM ── レセプトデータは、どの医療機関でも記録しているのですか。

康永 ── 日本全国にある約8000の病院に加えて、10数万のクリニックからのレセプトデータがすべて集約され、「レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB:ナショナルデータベース)」が構築されています。

TM ── その膨大なデータも活用するわけですね。

康永 ── 医療においてはランダム化比較試験が最も重要であり、これをまとめたメタアナリシスがエビデンスにおいて最上位であることは変わりません。ただし、ランダム化比較試験は一種の人体実験でもあるため、その実施には厳しい規制がかけられています。仮に実現可能だとしても、ランダム化比較試験を行うには膨大な費用がかかるのです。新薬開発の際には、ランダム化比較試験が義務付けられていますが、新たな治療法が開発されたからといって、安易にランダム化比較試験を行うことは難しい。そこで実際に医療現場で行われている臨床データを全国規模で大量に採集し、その医療ビッグデータを事後的に検証することで、特定の疾患に対するベストな医療を選択できるようにしたいのです。

TM ── 医療ビッグデータの活用が進んできたのは、いつ頃からなのでしょうか。

康永 ── ここ数年のことで、やはりデータのデジタル化が進んだことが大きな追い風となっています。もう一点見逃せないのが、データを扱うコンピュータ技術の飛躍的な進歩です。データが揃い、道具が整ったことにより、データサイエンス、つまり膨大なデータを統計解析する技術が進歩しました。さらに機械学習や人工知能を応用することで、ビッグデータ研究に弾みがついているのが現状です。

TM ── 医療においてもデータサイエンスが必要なわけですね。

康永 ── ただしマーケティング・ビジネスにおけるデータサイエンスと医療におけるデータサイエンスでは、担う役割が決定的に異なります。わかりやすい例が、Amazonのレコメンド機能でしょう。ある書籍を買えば、ビッグデータ解析に基づいて「おすすめ」の本を自動的に紹介してくれるのがレコメンド機能です。この場合、おすすめされた本を実際に気に入るかどうかは、さして重要な問題ではありません。Amazonからすれば、買ってもらえれば儲けものぐらいの意味付けですから。

TM ── けれども、医療、つまり命に関わるデータサイエンスが、そのレベルでは困りますよね。

康永 ── ある患者さんに対する治療法として、データに基づく治療法をレコメンドされても、それで本当によいのか徹底的に検証しないと使うことはできません。マーケティング・ビジネスと医療では、求められる精度が違うのです。医療の場合は、何らかの選択をして患者さんに治療を行った場合、必ずその結果「アウトカム」が残ります。このアウトカムを元に検証することで、病状に対する治療の精度を高めることができます。

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