No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

Visiting Laboratories研究室紹介

康永 秀生教授

どれだけAIが進化しても、医師は必要

TM ── 近い将来、AIが多くの仕事を奪うという話があります。医療の場合はどうなるのでしょうか。

康永 ── AIによる医師のサポートは、充分に考えられます。例えば、医学論文は年間に何万本も出版されています。医師は臨床で忙しいために、自分の専門領域に関する論文だけに絞り込んだとしても、そのすべてに目を通すのは難しい。そこでAIに代わりに読ませておいて、目の前の患者さんにマッチするような論文や、論文に書かれている治療の選択肢を提示させるような使い方が考えられます。ただし、選択肢を見た上で、患者さんとのマッチングを最終的に判断するのは医師の役割です。

TM ── 患者さんのデータからAIが自動的に治療法を選択するようなことにはならないわけですね。

康永 ── さまざまな領域で診療ガイドラインが作られているので、ガイドラインの中から患者さんにマッチした選択肢をAIが提示してくれる可能性もあるでしょう。ただし、AIのサポートはそこまでです。患者さんは一人ひとり、家族との関係をはじめとする個別の事情を抱えています。病気に関する診断だけでなく、患者さんの人となりまでを理解した上で、最適なサポートをするのはAIでは不可能です。確かにAIの発達によって置き換えられる職種は出てくるでしょうが、医師の仕事がなくなることはまずないでしょう。

TM ── 医療ビッグデータの研究の面白さとは何でしょうか。

康永 ── やはり臨床に近いことでしょう。臨床では、一人ひとりの患者さんを診て、その人に最もふさわしい治療を施し、病気を治すことが目標です。これを虫の視点とすれば、ビッグデータ研究や臨床疫学は鳥の視点です。対象は個人ではなく集団であり、多くの患者さんのデータを分析することで、一定の法則性を見出したり因果関係を発見したりします。その結果として、多くの患者さんに普遍的な価値をもたらすことができる。研究を通じて、多くの人に恩恵をもたらすことには、社会的に大きな意義があると考えています。

TM ── もう一点、先生が取り組まれている医療サービスの経済評価とはどのようなものなのでしょうか。

康永 ── 医療の経済評価に関しては、ミクロな視点とマクロな視点が必要です。ミクロな視点では、個々の患者さんにアプローチする医療技術の効果と費用を考えます。マクロな視点は、世の中全体における医療のあり方を考えるわけです。典型的な例が医療費の問題です。がんの高額な治療薬が話題になっていますが、従来の薬と比べて100倍近い価格の新薬が開発されたとして、それを保険収載するのかどうか。

TM ── 既に医療費は国家経済を相当に圧迫しています。

康永 ── 医療の財源は、税金と保険料と患者負担で賄われています。現時点で年間40兆円を超えており、これが際限なくふくらんでいくと国家財政が破綻する恐れがある。そこで、従来の薬より効果はあるとはいえプラスα程度にとどまる高額な新薬を使うのか、リーズナブルな従来の薬にとどめておくのかという二者択一を、今まさに国民が迫られているのです。

TM ── 医療でも費用対効果の考え方が求められますね。

康永 ── 費用対効果を判断するためには、きちんとしたデータを提示しなければなりません。たとえ非常に高価な薬であっても、それを使えば難治性のがんが消えてしまうほど劇的な効果があるなら、一考の余地はあるでしょう。しかし、日本の景気が良く、医療コストについて深く考える必要がなかった時代とは異なり、超高齢社会となった現状では、費用対効果は欠かせない視点です。

TM ── 医学会でも終末期医療や死生観がテーマとなってきています。

康永 ── いろいろな意見があっていいし、議論することで物事は前に進みます。ただし、議論のベースとしてデータは欠かせません。データの裏付けなしに議論するのは、非常に不毛です。我々アカデミアの役割は、一方的に価値観を表明することではなく、価値観を議論してもらうための正確な資料を提供することだと考えています。

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