No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

連載02

みんなが夢中になるゲーム。遊ぶだけじゃもったいない。

Series Report

不慣れなセルフケアが必要な治療を、ゲームを通じて確実に

病気治療のための服薬を習慣づけるための支援アプリも登場している。誰もが経験あることだろうが、医師に言われた通りの間隔、タイミングで服薬し続けるのは、意外と困難だ。日常的な生活のリズムの中に、そうした新しい習慣を挟み込むには、何らかの補助手段が必要になる。

アメリカのMango Health社は、定期的な服薬を支援するスマートフォン・アプリ「Mango Health」を開発し、提供している。中心となるのは、服薬を促すリマインド機能と、服薬したことを記録するログ機能だ。そして、薬をきちんと飲むことができれば、ポイントがもらえる。このポイントを貯めると、小売店で利用できるギフトカードに交換したり、寄付したりすることが可能だ。服薬という行為が、得をしたり世の中の役に立ったりすることにつながり、ともすればおっくうになる行為を意味付けし、習慣化を促す狙いがある。

また、病気やケガの治療後に、正常な身体機能を回復させるため欠かせないリハビリテーションも、患者自身の継続的な努力が求められる行為だ。単調で退屈、ともすれば苦痛も伴うため、なかなか続けることが難しい。そんなリハビリに、ゲームを応用して楽しく続けられるようにした試みがある。それが、九州大学シリアスゲームプロジェクトと長尾病院、正興ITソリューションが開発した、起立訓練支援用ゲーム「リハビリウム起立の森」だ(図5)。高齢者などが足の筋力維持や増強に向けて行うリハビリを、楽しく続けるためのゲームである。リハビリする人の動きをセンサーで検知し、立ちあがる動作に連動してゲーム中の画面で木がグングン成長していく。そして目標回数をクリアすると、ランキングに名前が掲載されたり、スタンプラリーが進んだりする仕掛けになっている。

[図5] ゲームキャラクターと一緒に自分の姿を確認しながら起立運動のリハビリを行う「リハビリウム起立の森」
出典:正興ITソリューションが公開している映像
ゲームキャラクターと一緒に自分の姿を確認しながら起立運動のリハビリを行う「リハビリウム起立の森」

心の深層に響くゲームで人を癒やす

ゲームは、人を依存症にしてしまうほど、心の奥底にまで影響を及ぼす。この特性を、心の癒やしに活用する取り組みも数多く行われている。生活や仕事の中で、むしゃくしゃしたり、ストレスを感じたり、煮詰まったりしたとき、ゲームをして気持ちを落ち着ける人は多いかもしれない。これをもっと科学的なアプローチで行おうというものだ。こうした癒やしや治療に用いるゲームは、心理学や精神医学などの専門的な知識に基づくのはもちろんのこと、純粋にゲームとして楽しめなければ効果がない。見えないところに癒やしの効果がある点が、何より重要になるのだ。

親が離婚した子供を癒やすため、イスラエルのセラピストであるChaya Harash氏は「Earthquake in Zipland」というビデオゲームを開発した。このゲームでは、子どもが直面する心理的な問題や困難な状態を想起させる状況設定やイベントが、シナリオの中に織り込まれている。そして、自分自身をストーリーの中に投影させ、そのシナリオに導かれながら、数々の問題をゲームの中で解決していく。これによって、自分が置かれている現実を受け入れ、プレイを通して実生活の中で直面するストレスを克服するための術を身に着けていくものだ。

アメリカのVirtual Reality Medical Centerは、仮想現実を応用した恐怖症治療のためのビデオゲームを多数開発した。高所恐怖症、暗所恐怖症、閉所恐怖症、さらにはヘビやクモ、歯科治療の恐怖症まで様々なものを対象にし、症状ごとに適した内容のゲームを用意している。また、治療だけではなく、耐性を高める訓練にも対応しており、専門的技能が求められる職業の訓練手段としての利用も想定されている。2010年からサンディエゴなどの数か所のクリニックで実際の治療に利用されており、成功率92%という高い効果を発揮したという。

ゲームを処方する時代が来るかもしれない

医療行為として、ゲームを活用する動きも出てきている。例えば、ニュージーランドのオークランド大学医療チームは、国家プロジェクト「Youth Mental Health Project」の中で、うつ病の一種である抑うつと不安症状を、認知行動療法に基づいて治療するロールプレイングゲーム「SPARX」を開発した(図6)。ニュージーランドは先進国の中で10代の若者の自殺率が最も高く、その対策として開発が進められたものだ。

[図6] 抑うつの治療に用いられるロールプレイングゲーム「SPARX」
出典:HIKARI Labが公開している映像
抑うつの治療に用いられるロールプレイングゲーム「SPARX」抑うつの治療に用いられるロールプレイングゲーム「SPARX」

抑うつとは、気分の落ち込みから抜け出せず、何も行動できなくなる状態のことを指す。気分は、考え方と行動によって変えることができる。認知行動療法というのは、ネガティブな思考に落ちている心を強制的に変えるのではなく、ポジティブな考え方と行動ができるように導く手法だ。SPARXでは、ネガティブな気持ちが住民に蔓延するファンタジー世界を舞台に、正しい考え方・正しい行動を選択していくことで世界を救うという内容である。患者がSPARXをプレイすることによる寛解率(ほとんど症状が見られなくなる率)は43.7%であり、これは対面での治療と変わらない結果だという。このSPARXは日本語版も発売されている。

こうした治療へのゲームの活用において、今後はより効果的な技術を応用できるようになることだろう。ITの進歩によって、一人ひとりの精神的状況が客観的かつ簡単に把握できる時代が到来しつつある。例えば、人工知能(AI)によるデジタル・アシスタントが、スマートスピーカーやパソコンなどで普通に活用できるようになった。また、様々な場面で顔認証技術が使われるようになってきている。デジタル・アシスタントと交わす日常的な会話や顔認証の際に取り込む顔色や表情から、精神的状況を探ることさえできるようになってきた。このような技術を活用すれば、一人ひとりの違い、また日々変化する状態の違いに合わせて、最適な癒やしや治療を施すことができるようになるだろう。

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