No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

連載02

みんなが夢中になるゲーム。遊ぶだけじゃもったいない。

Series Report

人だけが持つ能力を結集するためゲームを用いる

最後に、少し変わった医療分野でのゲーム利用を紹介したい。ゲームをプレイする人が持つ能力を、医学の進歩に役立てようとする試みである。AIや量子コンピュータを使って、科学の発展を加速させようとする時代に、対極のアプローチで成果を出している例として極めて興味深いものだ。

エイズの治療薬を開発するうえでの鍵を握るタンパク質「M-PMV PR」の構造は、長年にわたって、スーパーコンピュータを使っても解き明かすことができなかった。そこで、アメリカのワシントン大学のDavid Baker氏は、コンピュータより空間把握能力が優れる人の力を借りてこの解析作業を行おうと考え、多くの参加者を募る手段としてゲームを利用したのだ。

Baker氏が開発したのは、「Foldit」と呼ばれるタンパク質構造予測ゲームだ(図7)。これは、画面に映し出されたタンパク質の3次元構造の形をマウスで変えることで、点数が増えたり減ったりするゲームである。生化学の専門的知識がなくても、単純にゲームとして楽しめるように工夫されており、安定した構造になるほど高点数が得られるパズルゲームのようなものだ。

[図7] タンパク質構造予測ゲーム「Foldit」
出典:Folditのポータルサイトが公開している映像
タンパク質構造予測ゲーム「Foldit」

このBaker氏の狙いは的中した。Folditに10万人以上のプレイヤーが参加したことにより、わずか3か月で「M-PMV PR」の構造を解き明かしてしまったのだ。結果は、科学雑誌「nature」に掲載され、論文の著者として「Folditのプレイヤーの皆さん」という名が併記された。その他にもこの手法は、タンパク質の構造予測コンテスト「CASP9」でスーパーコンピュータを使った計算結果を圧倒して1位を獲得するなど、実際の研究に数多く貢献している。

ヘルスケア・医療とゲームは、いずれも人を相手にした技術である点が共通している。両者の整合性は極めて高く、その活用は始まったばかりだ。これから、より広範な応用が広がっていくことだろう。次回の第3回は、AIやIoT、仮想現実など最先端の技術を進化させる実験場としてのゲームの意義について解説する。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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