No.019 特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

No.020

特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

Cross Talkクロストーク

プレゼンテーション3

人間拡張とその未来

東京大学大学院情報学環教授 ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長
暦本 純一

暦本純一氏

ARの技術が発展し、人間の能力を強化するようになった。これが「人間拡張(ヒューマンオーグメンテーション:HA)」という考え方だ。このヒューマンオーグメンテーション学に、暦本教授は取り組んでいる。

[図3]ヒューマンオーグメンテーション学の概念図
https://lab.rekimoto.org/about/
出典:東京大学大学院情報学環 暦本研究室
ヒューマンオーグメンテーション学の概念図

「AIに関してよく言われるのが、『AIと人間ではどっちが賢いか』といった話です。しかし、我々が目指している世界はAIと人を別個のものとして捉えるのではなく、ヒューマンAIインテグレーション、つまり人間とAIが一体化し、人の行動をテクノロジーで拡張する未来です」

そう語る暦本教授が一例として示したのが、無発声音声インタラクション『SottoVoce(ソットボーチェ)』。声を出さずに音声インタラクティブする装置だ。SiriやAlexaなど音声で動く装置が増えているとはいえ、人前でスマホに声を出して話しかけるのは気が進まない人も多いが、SottoVoceは声を出さなくとも、口の動きだけで音声を推測してくれる。あごの下に取りつけた超音波センサーが口の動きをデータとして取得し、それをニューラルネットワーク*8で解析する仕組みだ。

[図4]無発声音声インタラクション『SottoVoce(ソットボーチェ)』
https://lab.rekimoto.org/projects/sottovoce/
出典:東京大学大学院情報学環 暦本研究室
無発声音声インタラクション『SottoVoce(ソットボーチェ)』

「ウェアラブルコンピュータは今のところグラス型が多いですが、喉にセンサーをつけて口の中だけでモゴモゴ言えばそれが音声化され、ひいては頭の中でコンピュータと会話できる。そんな新しいウェアラブルコンピュータが出来るのではないかと考えています」

暦本教授が語るのは、人間とAIが融合する新たなパターンである。人は脳内の運動野*9を使って声帯を振動させ、口腔を変形させて声を出し、その声を聴覚経由でフィードバックとして受け取っている。幼児はこのループを繰り返しながらことばを習得する。AIと人間が融合すれば、学習サイクルにニューラルネットワークを組み込み、電脳皮質とも呼ぶべき機能を使ってことばを習得できるようになる。

このメカニズムは、楽器練習や語学学習にも応用できる。「声を出すような日常の単純な行為から音楽や外国語を学ぶ行為までが、AIによってどんどん拡張されていく。まさに自分のやりたいことをテクノロジーで拡張するイメージです」というのが、暦本教授の考えだ。

人体の拡張という意味ではすでに、手の甲の皮膚の下に小さなタグを埋め込み、スマホでタグを読み取らせるレベルの技術は実現している。Googleが開発したEdge TPUを使えば、映画「マトリックス」で表現された世界、ヘリコプターの操縦技術を一瞬にして脳内にダウンロードするような離れ業も実現できる可能性もあるのだ。

これを暦本教授は「概念的にいうと、自分の脳にAIのレイヤー、電脳皮質を付加される時代」と表現する。人間とAIがごく自然な形で融合し、人間の能力を拡張する。そこに5G による通信が加われば、自分とロボットやドローンがつながり、さらには他人とつながることもできる。これが「IoA(Internet of Abilities)」、能力のインターネットである。

[図5]「IoA(Internet of Abilities)」能力のインターネット概念図
出典:東京大学大学院情報学環 暦本研究室
「IoA(Internet of Abilities)」能力のインターネット概念図

IoAを語るうえで注目したいのが、暦本教授が開発したヘッドギア『JackIn Head』だ。これをつけて歩けば、自分の体験をネットワーク越しにリアルタイムで伝達できるようになるという。また、これを装着して旅行すれば、別の場所にいる人でも一緒に旅行を楽しめようになるだろう。スポーツに応用するなら、体操の選手がこれをつけて鉄棒の大車輪をすれば、誰もが体操選手の感覚を楽しめるのだ。

そして、『JackIn Head』のリアリティを高めるために必要なのが5Gによる通信インフラである。その画質の高さやレイテンシーの低さにより臨場感が強まるのだ。

「人間拡張とIoAがもたらす未来像を夢想するなら、人間は超個体になるのではないでしょうか。大量の鳥が群体として動くように、人も自分ひとりの力を超えたスーパーな生き物になる。そんな未来を妄想しています」

[図6]人間拡張とIoAがもたらす未来像
出典:東京大学大学院情報学環 暦本研究室
[図6]人間拡張とIoAがもたらす未来像

[ 脚注 ]

*8
ニューラルネットワーク: 人間の脳内にあるニューロン(神経細胞)のつながりを、数式的なモデルで表現したもの。
*9
運動野: 大脳皮質の一部で、表面を電気などで刺激すると筋肉収縮を起すなど運動に関係している部分。
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