No.019 特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

No.020

特集:データ×テクノロジーの融合が生み出す未来

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人を動かすテクノロジーとアイディアはどのように生まれるのか

テーマ3

人を動かすテクノロジーとアイディアはどのように生まれるのか

── 人間の限界がどんどん拡張されていくような気がしてきました。今後の人間像は現状をベースに考えるのではなく、どんな人間でありたいかという理想をベースに考えても良いのではないかと、そんな気もしてきます。 最後に、人を動かすテクノロジーやアイディアはどのようにして生まれてくるのでしょうか?さまざまなゲーム開発に関わってこられた川島さんから、教えて頂けますか。

川島 ── そんなものがあれば、僕も知りたいのですが(笑)。ただ一つ言えるのは、小さなアイディア・思いつきを大切にする、ということです。それらがある程度たまってきて、ポンポンっと並べてみると突然つながる――というイメージです。点のままでも良いのでアイディアを自分の中に蓄えておくことが大切。できればそのアイディアのどこかに他とつながる突起のようなものがあって、その突起を意識していると、いつの間にか形になります。そのとき大切なのが、どうしていきたいのか。

森川 ── つまり意思が大切というわけですね。

川島 ── ええ。アイディアが形になるまでには、時間がかかりますよね、途中で必ず挫折ポイントと言うか、“もう諦めちゃおう”みたいな時は誰にもあると思いますが、そこを越えられるかどうかは、意思にかかってきます。最初は無駄としか思えないアイディアでも、完成させたい、という強い意思を持ってやり続けていると最後には成功します。

── まさにナイアンティック社のサクセスストーリーですね。

川島 ── 今のテクノロジーの本流は、VRさえあれば家の中ですべて完結するという方向に向かっていますよね。必要なものはすべてAmazonが届けてくれて、VRセットを身につけていればどこかに出掛ける必要もない。ところが、我々がやろうとしているのはその真逆です。普通に歩けば10分で行ける場所に、わざわざ30分かけて歩いて行って、同じだけかけて帰るみたいな。そんなことやっても無駄なだけじゃないかと、最初はよく言われました。

森川 ── ということはナイアンティック社の始動時は、ネガティブな意見も多かったのですか?

川島 ── そもそも自分たち自身が、ゲームによって人は外に出掛けるのかと疑っていました…。我々もゲームが大好きで、それは家でやるもの、だからゲームを始めたら家から出たくない。そんな我々を含めたゲーマーを本当に外に連れ出せるのかと。 ところが、「自閉症だった娘や息子が『ポケモンGO』をきっかけに、自発的に外出し、知らない人と「『ポケモンGO』のレベルは何か?」などと言う会話を始めた」と言った感謝の手紙が世界中から届きました。これこそがまさにナイアンティック社が目指してきたことであり、このような声が我々の原動力になっていることは間違いありません。

森川 ── キャラクターとしてのポケモンの力は大きかったですか。

川島 ── そう思います。さらに予想外だったのは、ポケモンをリアルタイムで好きだった世代だけでなく、孫にせがまれて始めたおじいちゃんやおばあちゃんまでコアなファンになってくれました。今では、“孫は飽きてやめちゃったけど、おじいちゃんやおばあちゃんはやめられない”みたいな感じです。

森川 ── その『ポケモンGO』に続いて、次はハリー・ポッターとなるわけですが、御社には企画開発を専門で担当するビジネスプロデューサーのような人がいるのか、それとも現場でゲームを開発している人が次の企画を思いつくのか、どちらのパターンが多いのでしょうか?

川島 ── “どちらか”と断言することがはできませんね。『ポケモンGO』では、最初にIngressで培ったものが一気に広がった形です。Ingressも全世界で2500万ダウンロードされましたが、これはかなりニッチな世界でした。それが『ポケモンGO』によって一気に拡張した。これも最初は、「Google Map上にポケモンが現れるので、それを151匹探すとGoogleの社員になれます」といったエイプリル・フールのイベントだったのです。ARを取り入れたゲームのプロモーションビデオをつくって、ナイアンティック社のCEOのジョン・ハンケに見せたら「おもしろいじゃないか、これをやろう」となり、今の形になりました。その意味では、現場の流れが今の『ポケモンGO』をつくり出したと言えるかもしれません。

── ここまで川島さんにはナイアンティック流の開発プロセスをお話しいただきましたが、暦本先生の発想の原点を教えてください。「今現実の人間にはできないけど、こんなことができれば面白そう」というアイディアから始まるのですか?

暦本 ── 先ほども話したように、雨の日に傘をさすなんて当たり前すぎて誰も理不尽だとは思っていない。けれども、それで本当に便利かと言えば、決してそうではないですね。そんな事例が、世の中にはおそらく無限にあります。それでも放ったらかしにされているのは、簡単な対策を思いつかないからです。こうした不便が片側にあり、もう一方ではテクノロジーがどんどん進歩している。とはいえ簡単にマッチングできるわけではなく、両方を知らないとマッチングできません。そのため、問題意識とテクノロジーによるソリューションを常に頭の中に入れておくことで、アイディアが閃くのではないかと私は考えています。

森川 ── 既成概念の罠から脱出せよ、という話ですね。たとえば契約書ですが、あれにはとても難しいことが長々と書いてある。そこで、契約書をうんとシンプルにしようというプロジェクトがあります。そのプロジェクトの話を聞いたときに、自分の頭の固さに気がつきました。要するに、“契約書は難解なもの”と勝手に思い込んでいたわけです。そうした思い込みをひっくり返したところに、新しいアイディアが生まれてくるのでしょうね。

川島 ── テレビでやっていた『長寿の村』という番組を思い出しました。この村では110歳の方が畑作業をされていたり、94歳のおばあさんが自転車を乗りこなしたりしている。どうしてそんなに足腰が強いんだと、おばあさんの家に入っていろいろ見ていると、当の本人が階段で上から降りてくるんです。田舎の昔の家によくある急な階段です。でも、おばあさんからすればおじいさんの仏壇が2階にあるから、普通にやっていることなんですね。

── “当たり前”の基準が、私たちが勝手に想像する94歳とは違うわけですね。

川島 ── バリアフリーなんて、まったく考えられていない。でも、体が元気だったらそもそもバリアフリーなんて必要ないわけです。これはすごく考えさせられました。

Q&A

Q&A

── 最後に、会場から寄せられた質問に答えていただきましょう。ARは今後教育においてどのように活用されていくか、暦本先生に伺えますか?

暦本 ── 医学の分野で言うと、内視鏡などの“達人”と言われている個人の特異能力をいかに再現するのか。これまで教育とは、外から教え込むだけでしたが、そうではなくて、先生の中に自分が入り込む、あるいは先生が自分に乗り移ってくるという状況を実現したいIoAを活用すれば、体験の共有やアーカイブが可能になるでしょう。達人の能力をアーカイブして、再生すると自分がその達人になれる。これは超ARエンターテインメントでもあるわけです。その意味では教育とエンターテインメントの距離がなくなっていくのではないでしょうか。

── 川島さんは、いつも複数のプロジェクトを並行して進められていると思いますが、その際に気をつけていることは何でしょうか?

川島 ── とにかく寝ることですね、これは冗談ではなく(笑)。 多くのプロジェクトを並行して進めるのは、誰にとっても難しいことです。その際に大切なのはチームのつくり方―――自分がユースレスになれるチーム作りが究極です。要するに自分がいなくても動くようなチームをつくることです。

── 今日のテーマは5Gでしたが、森川先生に今後の日本ならではの5Gの発展の可能性、先進性についてお聞かせください。

森川 ── 5Gはアメリカと韓国ではすでにサービスインしていて、日本は少し遅れているという話もありますが、それは違うと思っています。5Gは日本と親和性がとても高い。5Gの本質はリアルと繋がることです。4Gまでは人と人を繋ぐだけだったのに対し、5Gはあらゆるものが繋がります。日本の産業はもともと、モノづくりなど“リアルな世界”と接点を有するところに強いので、5Gの発展は大いに期待できると思います。

最後に私から暦本先生と川島さんに伺いたいのですが、アイディアは枯れないのですか?アイディアは一発勝負で、もし一発大きいのを当てたとしても、新しいアイディアを何年も生み出し続けるのは極めて難しいはずです。にもかかわらず、やり続けられているのはどうしてなのでしょう、疲れませんか?

暦本 ── アイディアは未知のものに限りません。未知のものと既知のものの組み合わせでもインプット自体はそれなりにあると思うのです。そこで大切なのは妄想力で、好奇心が未来をつくる。とくにヒューマンインタフェースに関して言えば、とにかく2つつなげてみるというのはブルーオーシャンです。AIだけではうまくいかないが、人間が少し手を貸すだけでうまくいく――そんなネタはリアルワールドにはいくらでもあります。ただ、正直なところ体力がついていかない感じで……。必要なのは発想力より体力かもしれません(笑)。

川島 ── 確かに体力は必要ですね(笑)。それと共に、日本のこれからって、人口がどんどん減る一方で、税金は上がり、医療費も上がって……先行き真っ暗みたいな事を言う人が多いですよね、学習性無力感*15が蔓延している。でも、そんな困難な状況を暦本先生が取り組んでいるようなテクノロジーが変えていけたら、素晴らしいと思うのです。そう信じ込む、というか、根拠のない自信でも信じ込めるポジティブさ、学習性有力感が、これからの日本には必要なんじゃないでしょうか。

暦本 ── そう言われると、以前Google本社を見学したときのことを思い出しました。朝10時に出社して、いきなりプールに入っている人がいたんです。「何でわざわざ出社して、しかもプールにいるんだ!」と思うと同時に、こういう人たちが世界を変えていくんだろうなと思いました。

川島 ── 確かに。常識に縛られないことが、アイディアを生み出し続ける秘訣かもしれませんね。実は私自身が学習性有力感のかたまりでした。だから、大学を中退していきなりアメリカに飛び立ち、その結果、今に至っています。ぜひ、みなさんも自信をもって一歩踏みだし、チャレンジしてください。5Gが普及する近未来はきっと、チャレンジャーが成功する時代になります!

東京大学伊藤国際学術研究センター東京大学伊藤国際学術研究センター東京大学伊藤国際学術研究センター

[ 脚注 ]

*15
学習性無力感:
アメリカの心理学者セリグマンとマイヤー達が犬を使った実験により、1967年に提唱した心理学の理論。長期間、ストレス回避が困難な状況に置かれると、その状況から逃れようと努力することさえなくなる現象。

対談を終えて

Profile

森川 博之氏

森川 博之
(もりかわ ひろゆき)

東京大学大学院 工学系研究科教授

IoT、M2M、ビッグデータ、センサーネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究開発に従事。電子情報通信学会論文賞、情報処理学会論文賞、ドコモモバイルサイエンス賞、総務大臣表彰、志田林三郎賞など受賞。OECDデジタル経済政策委員会(CDEP)副議長、新世代IoT/M2Mコンソーシアム会長等。総務省情報通信審議会委員、国土交通省研究開発審議会委員等。

https://www.mlab.t.u-tokyo.ac.jp/

川島 優志氏

川島 優志
(かわしま まさし)

Niantic, Inc.
アジア統括本部長 エグゼクティブプロデューサー

2007年、Googleにウェブマスターとして入社。日本人として初めてGoogleホリデーロゴをデザイン。2013年、当時社内スタートアップであったNiantic LabsにUX/Visual Designerとして参画し、Ingressのビジュアル及びUXデザインを担当。2015年Niantic, Inc.設立と同時に、アジア統括本部長に就任。『ポケモンGO』では、開発プロジェクトの立ち上げを担当。

https://nianticlabs.com/ja/

暦本 純一氏

暦本 純一
(れきもと じゅんいち)

東京大学大学院 情報学環教授
ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長

世界初のモバイルARシステムNaviCamを90年代に試作、マルチタッチの基礎研究を世界に先駆けて行うなど、常に時代を先導する研究活動を展開。現在は人間の能力拡張のためのテクノロジー(Human Augmentaion)を追求し、人間とAIの能力がネットワークを越えて相互接続・進化していく未来社会ビジョン Internet of Abilities (IoA)を提唱している。

近著は『好奇心が未来をつくる ソニーCSL研究員が妄想する人類のこれから』(祥伝社刊)

https://lab.rekimoto.org/
members/rekimoto/

Writer

竹林 篤実(たけばやし あつみ)

1960年生まれ。ライター(理系・医系・マーケティング系)。
京都大学文学部哲学科卒業後、広告代理店にてプランナーを務めた後に独立。以降、BtoBに特化したマーケティングプランナー、インタビュワーとしてキャリアを重ねる。2011年、理系ライターズ「チーム・パスカル」結成、代表を務める。BtoB企業オウンドメディアのコンテンツライティングを多く手がける。

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