No.023 特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

No.023

特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

Visiting Laboratories研究室紹介

位置検出衛星の精度が大幅に向上

TM ── 衛星画像を張り付けると言っても、3次元の座標から地図を作ることが大変そうに思います。田んぼは必ずしも平たんという訳ではありませんし、山間部での棚田のような斜面に作られた田んぼや畑の地図の作成は難しそうですね。

野口 ── 衛星画像を撮っても3次元の地図を作らないと正確な地図にはなりません。3次元の地図を描くための狭い範囲での測量技術と組み合わせる必要があります。

TM ── 衛星の位置精度はGPS(全地球測位システム)からマルチGNSS(全球測位衛星システム)に変わりつつあり、精度が大きく上がってきました。昔と比べて、どう変わりましたか。

野口 ── GPSはアメリカの衛星のみでしたが、GNSSは日本のみちびき、欧州のガリレオやロシアのグロナス、中国の北斗など各国の衛星を組み合わせることで高精度の位置検出が可能になります。これだけ高精度な位置検出衛星が豊富になれば、いつでもどこでも高精度な位置情報が得られ、その情報を安定して農業に活かせます。これらの衛星による高精度な位置検出だけではなく、衛星に搭載された時計の時刻の精度向上や、大気圏や電離層の数学的なモデルを作らなければならないのですが、そのモデルの精度も上がってきました。

私がこの研究を始めたころはGPSの精度が悪い上、使えない時間帯も多く、精度を上げるためには基地局を設置しなければなりませんでした*1 。それでも衛星から地上までの距離がありすぎて補正には限界がありました。今は衛星信号の搬送波の位相を使った干渉測位により衛星の測位精度が上がり、また、地球観測衛星も解像度が上がり、リモートセンシング技術が使えるレベルになりました。それに伴い農機のロボット化や無人化、リモートセンシングを用いた空間データの取得などを行えるようになってきました。

野口教授、山崎さん、サハさんへの取材は2020年7月2日にリモートで行われた。
野口教授、山崎さん、サハさんへの取材は2020年7月2日にリモートで行われた。<

農業とSDGsとのバランスが大切

TM ── 農業用のビークルロボットで農業の生産性を上げることは理解できるのですが、SDGsとの関連というべきか、環境とのつながりが見えません。

野口 ── SDGsには17の目標があり、多様性と包摂性のある持続可能な社会を実現することがミッションです。この中の飢餓をゼロにする目標は、まさに食糧事情の改善に当たります。ただ、これだけではありません。もっと包括的にいえば、世界の持続性は、エネルギーや水、今の感染症、生物多様性など、さまざまな問題を含みます。その中の一つが食料問題です。

野口 ── 私たちが気を付けなければならないことは、食料さえ100%供給できれば、SDGsを満たせるというわけでは決してありません。特に水の問題、環境の問題があります。食糧問題と水の問題はお互いに影響し合います。食糧生産には大量の水を使うからです。また、環境と食料問題も関係があります。食料を作るということは生物の進化をコントロールしていることになり、生物の多様性を犠牲にしている面があるのです。これが環境破壊につながります。ですから、全体のバランスを見ながら、あるべき安定した食料生産を研究していくことが重要になります。例えば、水の使用を最小にしながら食料を生産するとか、環境への影響を最小にしながら農業を実現するなどの手法が求められます。低コストでおいしいものを作っていくことは当然です。このようなことを念頭において研究していかなければならないのです。

日本は農業労働者不足の先進国

TM ── 日本の農業といえば、農家の高齢化と共に後継者不足をよく耳にします。こういった農業労働者不足の問題解決にビークルロボットは役に立つような気がします。

野口 ── この問題もSDGsの一つである安定社会を実現するという点でありますが、日本の農業労働者不足は世界的にも先んじている問題です。これに対してビークルロボットは有効な手段であると思います。また、これによって日本の食料自給率を上げるという問題解決にもなりうると信じています。

TM ── 今の最先端の研究は何でしょうか。

野口 ── 一言でいえば、農業のスマート化です。高齢化により農業労働者は2030年に現在より40%減ると言われています。2050年には80%減るとも言われていますので、少ない人数で大規模な面積を、少ないエネルギーで精密農業を行わなければいけません。そのためにはロボットが単純作業をするだけではなく、人間の知恵を盛り込んだ賢く上手な(スマートな)農業をこなさなければいけないのです。つまり農業ロボットを進化させ、農業用知能ロボットを開発する必要があります。

世界の農業生産を今まで支えてきた技術革新は、機械の大型化でした。一人の人間が大きなパワーを得ることによって農業の生産性を上げ、食料を供給してきたのです。これが第2次産業、第3次産業となり、機械はますます大きくなりましたが、もはやこれ以上大きくするのにも限界があるわけです。あまりにも大きな機械が動くと畑を痛めてしまい、作物の根が生育しにくくなります。

[ 脚注 ]

*1
Differential GPSという技術で、地上の基地局と衛星からの信号との差分をとって位置精度を上げることができる。地上基地局の位置をより正確に知るために、衛星からの信号と、位置がはっきりわかる基地局からの信号の差分を取ることで誤差を小さくすることができる。
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