No.023 特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

No.023

特集:テクノロジーで創る、誰も置き去りにしない持続可能な社会

連載01

実用化が間近に迫る究極のバッテリー、全固体電池

Series Report

そもそも、リチウムイオン二次電池はどこまで高性能化できるのか

様々な電極材料が試されているが、実は理論的には、リチウムイオン二次電池の究極の電極材料は分かっている。正極活物質として空気中の酸素を、負極活物質として金属リチウムを使った際に、理論的なエネルギー密度が既存品の10倍以上、現実的には約5倍にまで高められるとみられているのだ。この究極のリチウムイオン二次電池を「リチウム空気二次電池」と呼ぶ。正極の電池反応に空気中の酸素を用いるため、電池内部に酸化還元の元になる正極活物質を保持する必要がない。そのため電池に充填する負極活物質の量を最大限まで増やすことができ、電池の飛躍的な高容量化が可能である。

では、なぜ直接リチウム空気二次電池の実現を目指さないか。理由は、実現のハードルが極めて高いからだ。既に試作例はある(図6)。しかし、かなり緩い充放電の条件(充放電深度*7)で使っても、充放電サイクル寿命が50回しかない状況だ。このようなサイクル寿命が短い理由は、充放電時に複雑な副反応が起きて、電極が急激に劣化してしまうからだ。特に、リチウム空気二次電池は、硫化物型の固体電解質で実現が難しいとされている。正極に大気中の酸素を取り込むことになるが、そこに水蒸気も含まれ、硫化物型電解質と反応して有毒ガスであるH2Sを発生させる可能性が高い。

それでも、リチウム空気二次電池の研究開発は継続的に進められている。2009年には、産業技術総合研究所が固体電解質と液体電解質を組み合わせたものを試作。負極(金属リチウム)側に有機電解液を、正極()側に水性電解液を用い、両者を固体電解質で仕切り、両電解液の混合を防いだ。固体電解質はリチウムイオンのみを通すため、電池反応は支障なく進み、正極における反応生成物は水溶性であり固体物質は生成しない。この電池の連続50000mAh/g(空気極の単位質量あたり)の放電も実験により確認した。こうした研究実績を基に、ソフトバンクと物質・材料研究機構が2025年の実用化を目指して共同開発している。

[図6]試作されたリチウム空気二次電池の例
出典:産業技術総合研究所のホームページ
試作されたリチウム空気二次電池の例

一方、酸化物型電解質であれば、こうした問題を解決できる可能性がある。たとえば、ガラスメーカーのオハラは、酸化物系電解質材料「LICGC」を用いた全固体リチウム空気二次電池を試作した。ただし、最適な構造や構成する材料が定まっておらず、現時点では高い理論値の片鱗を垣間見せるような段階にはない。

MLCC技術で100層以上の多層化へ

これまでバッテリーの性能向上を目指す技術開発は、電極などを構成する材料を工夫する方法で進められてきた。ところが、全固体電池ではここまで紹介してきた材料の改善以外にも、構造を工夫することで性能向上ができる。

構造上の工夫、もっと具体的に言えば素子の微細化や薄膜化による性能向上は固体素子固有の特徴である。代表的な成功例が、素子の微細化により50年以上にわたって指数関数的な高性能化を継続させてきた半導体である。一定面積のチップに集積可能な素子(トランジスタ)の数を増やし、一つひとつの素子も高速動作可能にすることで、パソコンやスマートフォンのような高性能で小型・軽量の電子機器を生み出す素地を作り出した。全固体電池も同様である。バッテリーの構造を薄膜化することで、同一体積中に何層も積み重ね、大容量化や高出力化を図ることができる。

現在、半導体産業で薄膜化技術を磨いてきた半導体製造装置メーカーや材料メーカー、多層セラミックコンデンサー(MLCC)など小型受動部品を作る技術を保有する受動部品メーカーが、自身の製造技術を転用して、全固体電池事業に続々と参入しつつある。

例えば、電気化学材料メーカーであるナミックスも、酸化物型固体電解質と電極材料を数多く積層した全固体電池を試作した(図7)。また、太陽誘電やTDK、村田製作所は、MLCCを製造する技術の大部分が転用できることを生かして、酸化物型固体電解質を使った全固体電池を開発、量産を目指している。MLCCの最先端技術では既に1層が1µm厚以下で約1000層の超多層化も実現しており、その技術を応用することでバッテリーの構造を数百層積層できる。今後、技術の最適化が進み、各層の薄膜化や界面抵抗など低減がさらに進めば、エネルギー密度などの点でも既存の電池を大きく超える可能性を秘めている。

[図7]酸化物系固体電解質と電極を積層して作られた全固体電池の断面写真
出典:ナミックスのホームページ
酸化物系固体電解質と電極を積層して作られた全固体電池の断面写真

ただし、MLCCと全固体電池では、素子構造を積層するうえで違った難しさがある。二次電池では充電時に正極と負極が膨張し、放電時に収縮する。こうした形状の変化をいかに抑え込むか、対応できるようにするのかが、多層化を進めるうえでのポイントになる。

全固体電池の実現から始まる将来の超高性能バッテリーの実現に向けた筋道はハッキリと見えてきた。バッテリーの進化は、電子機器がさらに高度化していくための必要不可欠な要素である。これからの研究の進展に期待したい。

[ 脚注 ]

*7
充放電深度:電池の理論電流容量の何割の容量を放電時に使うか、充電時には理論上の満充電状態に対し、どこまで充電するかを指す。正極活物質にコバルト酸リチウム(LiCoO2)を用いたリチウムイオン二次電池では、充電深度はおよそ50%に設定されている理論容量の約1/2しか使われていない。これは、充電時にLiCoO2からリチウムイオンを引き出しすぎると構造が不安定になり、電池の劣化が加速するからである。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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