No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

連載02

みんなが夢中になるゲーム。遊ぶだけじゃもったいない。

Series Report

AIそのものの開発だけでなく、AIを効果的に学習させるためにゲームのノウハウが活用されている例もある。

自動運転車向けAIの学習における具体例を紹介しよう。例えば、AIやロボティクス技術などを開発するベンチャー企業のクーガー社は、リアルな街の様子を再現するシミュレータ「Dimension」を開発し、自動運転車やロボットに搭載するAIの学習用に提供している(図6)。人と共存して自律的に運用される機械は、人に危害を加えないように万全の対策を施しておく必要がある。ところが街の中では、何が起きて、人がどのように振舞うのか予測がつかない。そのため自動運転車なら、物陰から子供が飛び出してくるような状況にも対処できるようにAIを十分訓練しておく必要がある。しかし、試験車を使って、実際に子供を飛び出させてテストするわけにはいかない。そこで活用されるのが、Dimensionのようなシミュレータである。

[図6] 街中の様子をゲーム世界で再現して、自動運転車向けAIを学習させる
出典:クーガーのプレスリリース
街中の様子をゲーム世界で再現して、自動運転車向けAIを学習させる

Dimensionでは、大勢の人が集まる街や商業施設などを再現し、1億通り以上のシーンを生成できるという。人が飛び出てくるような場面なども自由自在に作り出し、飛び出る人の背格好、服の色の違いなどを細かく変えて設定することも可能だ。現実世界では多くのエキストラを動員しなければならない群衆を再現することだってできる。自動運転車に搭載するセンサーの特性も再現し、仮想の街を走らせることで様々な状況への対処を学習させるのだ。そして、いわゆるヒヤリハットを何度も学習することで、精度の高い的確な判断を下せるAIへと育っていく。現在では、自動運転の技術開発が加速し、DimensionのようなAIを学習させる技術の応用も急激に進んでいる。今や安全性の高いAIを育てるには、こうした技術の出来が大きく左右するまでになっているのだ。

IoTの活用で、現実の出来事をゲームの世界に反映

ビデオゲームの多くは、家庭用ゲーム機やパソコンなどでプレイする。これらは、多くのAIで使われているデータセンターの超高性能なコンピュータに比べ、ハード面での性能の制約が大きい。このため、ゲームで利用するAIでは、機能を限定せざるを得ないのだ。例えば、いま流行りのニューラルネットワーク・モデルを利用するAIは、ゲームではほとんど使われていない。学習に多くの時間と計算能力が必要となるからだ。無理に学習させると、計算能力がそこに取られて、ゲームがまともに動かなくなる。ただし、ハードの性能は逐次高まっており、今後はニューラルネットワーク・モデルの活用も進む可能性が高い。

一方、SNSやIoTなどの普及によって、AIの判断対象となるデータの多様化が進み、新しい情報を生かしたAIの活用法が検討されつつある。こうしたゲーム業界のAI活用のアイデアからは、未来の人間とAIのかかわりが透けて見える。

ゲームは、プレイヤーが面白いと感じないと意味がない。ところが、何を面白いと感じるかは人それぞれに違いがある。さらに、ゲームをしていない時間に体験したことや世の中の流行によっても、プレイヤーの感じ方は変わる。さらに言えば、ゲームをプレイしている間にも感情の高まりや飽きによって、気分はコロコロと変わってしまう。こうした気分屋のプレイヤーを相手に、いかにして面白いと思わせるかがゲーム制作者の腕の見せ所だ。

ところが近年、個々のプレイヤーの性格や心理状況、またゲームスキルなどを、詳細に制作者が知ることができる技術が確立されてきている。こうした技術を活用すれば、プレイヤーごとにきめ細かく内容をアレンジしたゲームを作ることができるようになる。実際に、そのような試みはもう始まっている(図7)。

[図7] プレイヤーの状態に合わせてゲームの内容を変化させる
Valve社の『Left 4 Dead』のプレイ画面

出典:Valveのホームページ
Valve社の『Left 4 Dead』のプレイ画面

例えば、メタAIを進化させて、プレイヤーの状態に合わせて、ゲームの難易度やストーリー展開が変わるゲームが登場している。アメリカのゲーム制作会社Valveが開発したゲーム『Left 4 Dead』では、開発版において、プレイヤーにセンサーを取り付けて、手の発汗量、脳波、心拍数、視線の動きを検知。そのデータから緊張感や退屈度、技量を推し量り、モンスターを出す数を変えたり、仲間の動きを変えたり、ダンジョンの複雑さを変えたりしていた。製品版ではこれを簡略化して、「敵から受けているダメージの総和」「倒した敵への距離の逆数」などから、緊張感や退屈度、技量を推定するものになっている。人は緊張状態ばかりが続くと面白さを感じない。人の心を動かすコンテンツの秘訣として、「緊張と緩和」の重要性はよく指摘される。こうした緊張と緩和を、AIが動的に作り出すことができるようになってきているのだ。

SNSからプレイヤーの今を知り、ゲーム中で求める感動を与える

昨今は、YouTubeで公開されているゲームプレイ動画が人気だ。しかし、こうした動画は、ゲーム制作者にとっては痛し痒しの存在である。ゲームの面白さを広く伝えてくれる半面、苦労して作り込んだストーリーのネタバレも多いからだ。ただし、悪い面があるからといって、こうした動画を否定し禁止してしまうのは時代に逆行したものだろう。むしろゲーム開発の最前線では、SNSとの共存、さらにはSNSを使ってゲームそのものを面白くする方策を探っている。

例えば、プレイヤーがSNSで交わしている会話の内容を解析し、落ち込んでいるときには心温まるストーリーが展開され、街に遊びに出かけた後には、その思い出を想起させる内容のストーリーが展開されるといったアイデアが出てきている。プレイヤーごとに違う体験ができれば、ゲーム中の体験を動画で共有することで、自分の場合は何が起きるのかとワクワク感が増す。ネタバレは、むしろレアケースのストーリー展開の存在などを広く知らしめる宣伝材料になる可能性すらある。

ビデオゲームは、1人ひとりのプレイヤーに寄り添う方向へと進化している。そこでは、AI、IoTなど新たな技術がフル活用されている。AI技術の開発を先導しているゲームの分野では、人間に代わって仕事をこなすAIではなく、人間に寄り添うAIの技術が磨かれている点に、明るい未来を感じる。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

TELESCOPE Magazineから最新情報をお届けします。TwitterTWITTERFacebookFACEBOOK